小説 川崎サイト

 

北国の怪

川崎ゆきお



 いつ頃からは定かではないが、妙な物が姿を現していた。
 おそらくこの世のものではない存在だろうが、それでも同じこの世に現れるのだから、別世界の出来事ではない。
 雪の多い土地で、冬は暗い。夜のようには暗くはないものの、抜けの悪い雲が常に空を覆っている。その雲の上は明るいのかもしれないが、蓋をされているため、昼間でも部屋の中は薄暗い。
 この、空気の重さが、妙な物には好ましいのか、すっかり居着いてしまった。
 春になると見かけることはなくなるので、寒い季節だけの住人かもしれない。
 妙な物は人型で、老人の姿に似ている。そのものではないのは、膝から下が見えないためだ。そのため歩くのではなく、すーと移動する。
 下手に足がないためか、かなり速い。
「幽体型だね」
「半透明な感じですね」
「蜃気楼のようなものだろうよ」
「のれんに腕押しですか」
「石を投げても通過する」
「何者でしょうねえ」
「沢山いるさ、そんな得体の知れぬ輩はね」
「霊に関する…」
「霊のようなものだろうが、見えるというのは、妙だね」
「別に災いはないようですが」
「姿を現すと、もうそれだけで迷惑様だ」
「怖いですから」
「まあ、幽霊だからね」
「やはり幽霊ですか」
「ん、ようなものだ」
「でも、姿を現せるというのは、かなり強い霊ではないでしょうか」
「逆だ。弱くて隠しきれんのだよ」
「逆なんですか」
「誰かに恨みがあるわけじゃなさそうだ。だから、幽霊のようだが、幽霊ではない」
「クラゲのようなものですか」
「そうだね、あれは透明なほどよい」
「姿を隠すためなんでしょうね」
「あの老人型の幽体は、隠し損ねておる。だから、弱いんだ。失敗しておるんじゃ」
「何者でしょうねえ」
「君の目の前にもうじゃうじゃおるやもしれんぞ。見えんから存在感はない」
「どうすればいいでしょ」
「まあ、騒がんことじゃ。春になり明るくなれば、見えんようになる」
「でもいることはいるんですね。夏でも」
「ん、まあな」
 
   了


2008年03月26日

小説 川崎サイト