小説 川崎サイト

 

波立つ脳

川崎ゆきお



 頭の中が波立っている。
 植岡はこの状態になるとろくなことはないことを知っていた。
 なんとか平静に戻そうと、気を引き締めれば引き締めるほど、あのことの頭をズボリと飛び出す。
 こういう時の回避方はない。時間が経てば戻るのだが、それまで待てない。
 植岡はよくここで失敗している。目先を変えるための行動が、思わぬ災いとなって返ってくるのだ。
「何もしないほうがいい」
 植岡は自分に言い聞かせながら帰路に向かった。
 いつもならよくある日常の風景が違っている。行き交う人が敵に見える。通路にはトラップが仕掛けられていそうな気がする。
「危険だ」
 植岡の精神状態がおかしいのだ。頭の中の波立ちが平衡感覚を狂わしているのだ。<BR>
 植岡は現実的な解決方法を考えた。手は打ってある。しかし、それがうまく作動するかどうかは分からない。
 植岡は最悪のことを考えた。一気に手を引くことで、この現実を消してしまうことだ。
 関係がなくなれば無関係となり、トラブルから逃れられる。
「この状態は体によくない」
 しかし、身を引くと、今まで築いてきた物までなくしてしまう。また一からやらないといけない。
「やはり踏みとどまるべきだ」
 このままでは寝付けない夜を向かえることを植岡は知っていた。
「風邪薬でも買って飲むか」
 植岡は薬局に飛び込んだ。
「風邪ですか」
「眠くなるのがいいです」
「どれも眠くなりますよ」
「そうなんですか」
「風邪薬ですからね。眠くなる成分が入っているんですよ。安静が必要ですからね」
「ああ、その安静、必要です」
「栄養剤もありますよ。一緒に飲めば、体力の回復にも役立ちます」
 植岡は興奮状態で食べることを忘れていた。
「栄養補強も必要ですね」
 植岡は店員がすすめる物をすべて買った。
「食後に飲んでください」
 食後を作るためには何かを食べないといけない。しかし食欲があるのかないのかがよく分からない。
 植岡はコンビニで弁当を買った。
 部屋に戻り、弁当を平らげた。意外と食欲があった。
 栄養剤と風邪薬を飲み、ベッドに入った。
 もうこれで、危険な状態から脱したはずだ。あとは眠るだけなのだから。
 
   了


2008年04月11日

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