小説 川崎サイト

 

挫折をプラスに

川崎ゆきお



 順調に人生を歩んだ人は、年とってからの挫折から立ち直りにくようだ。
 逆に若いころから挫折を経験し苦労した人は、立ち直りやすい。
 などと言われている。
「それは違うなあ。私なんか、若いころから苦労ばかりで、挫折の連続だよ。そのたびに立ち直りが遅くてね。今もそうだよ。ちょっとした失敗でも、悩み込むほどでね。若いころの経験なんて何も生きちゃいないさ。毎回一からやり直しでね。こんなものは慣れでどうにかなる問題じゃないよ」
「岸田さんほどの苦労人でもそうなんですか」
「若いころの苦労は買ってでもやれと言うのは嘘だね。私の家族で、戦争に行った人がいるよ。何一つ得る事なく、なければいい経験さ。戦場での経験なんて生かせるものじゃないさ。軍隊で苦労だけしたようで、それがなければ、もっといい人生をおくれたかもしれないねえ」
「それは経験をマイナス側に見ているからではないでしょうか。確かにマイナスの経験ですが、プラスに転じる生き方もできたはずですよ」
「ほう」
「今の例では、だから、平和のありがたさを、体験のない人よりも感じられるのではないでしょうか」
「なるほどねえ。それは発想法の問題かね」
「そうです」
「そんな発想法ができない人には無理だろうね」
「ですから、発想法や生き方を修正しながら、常に進化する必要があるのですよ」
「私にはそう思えない。マイナスはやはりどこまで行ってもマイナスで、それをエネルギーにしてプラスへ転じるような臭い弁舌は聞きたくないねえ」
「どうしてでしょうか」
「何度も聞いたよ、そんな話は。だがね、そんな発想法とかの小手先では何ともならない問題があるんだよ」
「岸田さんはよほど辛い思いをされてきたのですね」
「ずっと辛いわけじゃないさ。ずっと苦しいわけでもないしね。楽しいこと嬉しいこともあるさ」
「では、どうなんでしょうね?」
「何が」
「若いころの挫折や苦労は、そのままということでしょうか」
「後で、活きないからね」
「じゃ、無駄だと」
「人間はねえ、そんな言葉をすり替えた程度では何ともならないんだよ」
「その発想は、苦労をマイナス側へ放置したまま起こる発想ではないでしょうか」
「それ以前の体質だよ」
「それは変えられると思いますが」
「変えられる人と変えられないタイプがいるんだよ」
「では変えられるタイプになられては?」
「君も強情だね」
「体質です」
 
   了


2008年04月13日

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