小説 川崎サイト

 

菜の花の道

川崎ゆきお



 菜の花が咲いている。
 三田村はその畦道を歩いている。
「今年も見ることができた」
 三田村は気候がよくなったので散歩に出ていた。
「まだ、生きている」
 それほどの年ではない。
 畦道はすぐに終わり、アスファルト舗装の新興住宅地に入る。
 三田村はそのまま続ける。
「確かこの辺りに隠れ家があったはっずだ」
 子供時代の秘密基地のことだ。用水路に藁で蓋をしただけのものだ。
「この家の玄関先がそうだった。位置関係はよく覚えておる」
 鎮守の森と山の頂上が一直線に見える位置だ。
「隠れ家からよく覗いていたので覚えているんだ」
 三田村はすぐに立ち去る。不審な老人が立っていると思われるからだ。
 その先に小さな社がある。村の氏神様とは違う系列のようだ。愛宕神社とかかれているが、非常に小さい。おみこしとしてかつげるほどの建物だ。
「これもまだ残っていたのか」
 社は古いが周囲は新しく整備されている。
「これは何だったのかなあ」
 三田村は今もこの社については無知のままだが、神社名は有名だ。
「この屋根に登り、蝉捕りをしたのは、うんと昔になるのう」
 三田村は賽銭をカチンと投げる。
 すると声が聞こえてきた。
「久しぶりじゃないか三田村の長男」
「誰だ」
「神様だ」
「ほう」
「賽銭を投げただろ」
「ああ、投げた」
「ごみ箱じゃないからな」
「そんなことは知っとる。賽銭だ」
「だから、出てきたんだ。願い事があるはず。何も聞こえなんだが、どうしたんだ」
「懐かしいんで、見学料として投げただけだ」
「暇なので、願い事を聞くぞ」
「そのつもりはない」
「何か願いがあるはずだ」
「来年も菜の花の咲く黄色い道を歩きたい」
「菊の花が咲く道よりよかろう」
「神様は神道だろ。彼岸などなかろう」
「どうだ、それをかなえてやろうか。菜の花の道を」
「そこまで言うなら、お願いしよう」
 翌年の春。三田村は今年のように菜の花の道を歩くことはなかった。
 住宅が建ち、畦道も消えていたからだ。
 
   了


2008年04月14日

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