小説 川崎サイト

 

桜並木

川崎ゆきお



 桜の花が咲きかかったころ、西田はまだ仕事が見つけていなかった。そろそろ働かないと厳しい状態になる。
 今、それをやる最後の段階だった。
 しかし、当てにしていた仕事がなくなり、咲きかけた桜も、あっと言う間に散ってしまった。
 だが、現実での桜はまだ満開ではない。
 西田は新たな気持ちで桜を見るはずだった。
 そのため、咲いている桜の派手さが苦々しい。
 タイミングのポイントがずれてしまったのだ。今、桜が散っているのなら、西田の心情とタイミングが合う。だから、苦々しくもなかっただろう。
 そんな桜など見なければいいのだが、毎朝行くコンビニまでの道すがらなのだ。その道を避けると遠回りとなる。また、どこへ行くにしてもその桜の並木道へ出ないと行けない地形なのだ。
「いや、そんなことはない。そう思い込んでいるだけのことだ」
 西田は、自由にならない世の中で、少しでも自由な道を歩もうとしていた。
「探せばいいんだ」
 しかし計画性に乏しい西田は、地図も見ないで桜並木を回避する道を探した。
 どう考えても迂回することになるが、それでもよかった。
 西田は生活道路とも言える狭い道に入り込んだ。家が建て込んでおり、しかも道は分譲住宅のための私道が多い。
 下手をしなくても迷い込み、方角さえ分からなくなった。
「近所にこんな迷路が」
 西田はコンビニへと繋がる道を探すより、ここを抜けて、よく見知った場所へ出るだけのゲームになった。
 見晴らしが悪く、空が狭く感じられる。安普請の三階建てのプレハブのような小さな家がチマチマ建っている。
 どんな家であれ、それを買って住んでいる人間がいる。一家の主だ。家を持つだけの財力があるのだろう。
 桜よりも、この家々を見るほうが苦々しく、忌ま忌ましくなってきた。
 住宅地は迷路ではない。出口は必ずある。そうでないと、この町内には住めないだろう。
 そして桜並木の歩道に出てしまった。
 いつも見ている枝道だ。そこから、抜けてきた感動が少しはある。
「ほほう、ここと繋がっているのか」
 コンビニは目と鼻の先だった。
 西田はパンと牛乳を買い、いつもの桜並木の道を戻った。
 
   了



2008年04月21日

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