小説 川崎サイト

 

希望の地

川崎ゆきお



「また、ここに戻ってきましたなあ」
「そうですねえ」
「さて、どうするか」
「また向かいましょうか」
「いや、どうせまた戻ってしまう。ここに」
「では、ここが安定の場じゃないですか」
「それなら、出ては行かぬ」
「そうでしたね。では出発しましょうか」
「気が進まぬのう」
「どうせ戻ってくるからでしょ」
「そうなんだ。出る前から見えてしまう」
「いろいろ手を変え品を変えてもだめですからねえ」
「さすがの私も学習した。いや、学習し過ぎたと申してもよい」
「でも、どうして向かうのでしょうね」
「ここにいても希望がないからじゃ」
「そうでしたね」
「希望か…」
「希望の地が先にあるはずです」
「どんな希望か忘れてしもうたわ」
「ああ、そうでした。何でした?」
「君も忘れたか」
「はい。きっと漠然とした希望だったのかもしれません。ここを出たいだけの」
「待てよ…」
「新しい手ができましたか」
「いや、そうじゃない。君が言っていることから察すれば、私らは希望を果たしておる」
「はあ?」
「ここを出るのが希望だろ。そして何度も出ておる。これは希望を果たしておるではないか」
「ですが、戻されてしまうのですよ。希望を果たせず」
「それは問題ではない。ここを一瞬でも出るのだから、その希望は果たしたことになる」
「それで満足を得られましたか」
「いいや」
「やはり、希望を果たせば、満足な気持ちになれるはずですよ。でも、そうなっていない。そうでしょ」
「まあそうだが」
「でも、先に希望があるからいいのではないでしょうか」
「だから、何度も戻されるので、もう希望はないのやもしれぬ」
「じゃ、ここに踏みとどまりましょうか」
「いや、ここに踏みとどまるべきでないことは確かだ。それゆえ、ここを出ようとするわけだからな」
「じゃ、出発しましょう。戻されるのを覚悟で」
「うむ、それしかないからな」
「出発進行」
「おお」
 
   了



2008年04月29日

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