小説 川崎サイト



介護裏メニュー

川崎ゆきお



 特に老人が多い地域ではない。
 しかし、少ないわけでもない。
 よくある郊外の住宅地で、ベッドタウン化してからかなり経つ。
 建て売り住宅や公団住宅も老朽化し、建て替えが必要になる時期だ。
 家の主も老人となり、子や孫の時代となっている。
 老人福祉事業者にとり、そこは美味しい市場だった。
 しかし、介護センターが乱立し、共食いとなった。
 古川は退職金をはたき、この事業に乗り出したが、思うほどの収入にはならない。
 そんなある日、同業者が訪ねて来た。
 百メートルと離れていないウズラ楽園のオーナーだ。
 古川の古希の里と似たような規模で、似たような動機で似たようなサービスを始めていた。
「介護センター経営難を介護する事業者が必要やな」
「ウズラはんは、まだそんな冗談が言えるだけ余裕がある。わてとこは、閉めたいほどや」
「今日は折り入って相談があるねんけどなあ。どや暇か」
「忙しいわけないやろ」
「それはなによりや。実はな、ユリカゴセンターの噂なんやけどな。聞いてるか」
 古川は、同業者で一人勝ちしていることは知っていた。
「何やと思う。わしらとの違いは」
 ウズラ楽園のオーナーはウズラの卵のような顔を古川に向ける。
「知識があるんやろ。針の先生引退して、この仕事始めたらしいから、年寄りの気持ちとか、よう分かってはるさかい、ええ仕事しはるんやろ。長年針治療してはったさかい専門家やしな」
「その噂なんやけど、やばいことしてはるみたいやで」
「やばい、とは?」
「よう分からん」
 二人は相談の末、業務調査を依頼することにした。
   ★
 その業者の名刺を古川が持っていた。一度セールスをかけられたが、調査して欲しいこともないし、料金の高さに驚き、断っている。
 今回はウズラ楽園に半額出してもらうことで依頼する気になった。
 ライバル業者の経営方法を知ることで、じり貧状態から脱したかった。
 宮川マーケティングの宮川俊秋はまだ若かった。
 古川はその顔に見覚えがあった。営業で来ていた男だった。
 宮川は調査料金を示した。
 一番収入があった時期の二カ月分だった。
   ★
 調査結果は二週間後に出た。
 宮川俊秋は直に調べた。と、言うより、一人で運営しているようだ。
 古川とウズラ楽園はレポート読んだ。
「驚いたなあ……」
 古川は興奮した。
「まさか、そこまで……」
 ウズラ楽園も顔を紅潮させた。
「お二人共、想定内だったのでは」
 宮川が別紙の資料を渡す。
「これは……」
 古川は目を通した瞬間、その生々しさに驚いた。
 ウズラ楽園は、さらに頬を紅潮させ、湯気が上がるほどだった。
「ユリカゴセンターの繁盛ぶりは、この裏メニューに尽きると思います」
 それは過剰介護とも、拡大解釈とも言うべき内容だった。
「覗き二千円。ライブ五千円。覗きとはヘルパーを見るということです。ライブはショーです。まあ、平たく言えばストリップショーかと思われます」
 オーナー二人は頷く。
「ライブの下のオナとは?」
 ウズラが聞く。
「説明不要でしょう。一万円です」
「オールタッチ二千円アップ。指入れ二千円アップは上記のオプションかと」
 オーナー二人は純粋に興味深くレポートを覗き込んでいる。
「手処理二千円アップ。口処理五千円アップ。これは説明の必要はないでしょう」
 二人は了解する。
 裏メニューには、玩具使用、コスプレ……と、木目細かくオプションが書き込まれていた。
 古川は、これはデリヘルではないかと結論を下した。
 そういえばユリカゴのヘルパーは若い。それが人気の秘密かと思っていたのだが、想像を遥かに越えたサービスがなされていたのだ。
「よく、こんな情報を得られましたねえ」
 古川は、まだ信じられないので、聞いてみた。
「これは調査機密ですが、少しだけお話ししましょう」
「お願いします」と、古川。
「元ユリカゴの複数のお客様から聞き出したものです。その一人は料金が払えなくなり、サービスは中断しています。裏メニューのサービスは完全前金です。でもいつのまにかオプション行為になることもあって追加料金が発生し、払えなくなったようです。もう一人のお年寄りは中指骨折で治療中とか。あっ、これは余談ですが」
 古川はそれを想像しただけで、ゾクッとした。
 ウズラは指を動かした。
「宮川さん。これはどいうことを意味しますか」
 古川の問いかけに、宮川は何やら言葉を探しているのか、一瞬沈黙した。
「ここまでは、ご依頼の調査報告ですが、この先は私見となりますが、よろしいでしょうか」
 二人は頷いた。
「この傾向は業界ではセクハラ行為となっています。それに対し、料金を取ることは出来ませんし、第一保健は効きません」
「尤もだ」ウズラが言う。
「しかし、最近新しいサービスがシフトして来ましてね。つまり、風俗業者の新サービスで、言わばお年寄り向けデリヘルです。訪問ヘルパーではなく、訪問ヘルスサービスですね。ユリカゴさんは、自然発生的に、そのサービスを行っておられるのです」
「すると、風俗嬢を送り込んでいるんやな」
 ウズラが聞く。
「そうではありません。ヘルパーの資格を持ち、デリヘルとの兼業を……」
 本職の数倍数十倍の副収入を得ているヘルパーもいるらしいと、宮川は説明する。
 当然、ユリカゴはピンハネすることで、高収入を得ている。
「以上で、ご依頼に関し、満足していただけましたか」
 二人は頷くが、今一つ元気がない。
「何とかならんかな……」
 ウズラの呟きに、古川も同調する。
「今回は調査ということですので……」
 二人は得心がいかないようで、宮川に相談をかけた。
「火のないところに煙は立たない。需要のあるところにビジネスは発生する。ご理解いただけますね」
 二人は頷いた。
「そしてビジネスには投資が必要です」
 二つの介護センターは大金をはたいて、裏メニュー設置の段取りを宮川に依頼した。
   ★
 一カ月後、ハイブリッドヘルパーを差し向けるとの連絡があった。
 しかし、その連絡を最後に宮川は姿を消した。
 当然、その種の行為もこなすヘルパーも来なかった。
 古川とウズラは欺されたことを知ったが、宮川の話が作り話だとは思えなかった。そこに市場があると信じた。
 二人は裏メニューだけのビジネスを共同でやる相談を始めた。
 
   了
 

 

          2005年9月21日
 

 

 

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