小説 川崎サイト

 

一度の変身

川崎ゆきお



 いつも優しいお爺さんが、大事な時には叱り付けることがある。
 温和そうなお爺さんだけに、怒ると怖い。仏の顔が鬼のようになる。
 この場合、そのお爺さんは温和で優しい人だろうか。
 幸一は、お爺さんが怖い。
「いいお爺ちゃんじゃないの。どうして怖がるの」
 幸一は一度だけお爺さんに叱られたことがある。その後、お爺さんに懐かなくなった。
 叱らないお爺さんだから、むちゃなことをし、お爺さんに叱られたのだが、それがショックだった。
 お爺さんは信念のある人のようだ。その信念に幸一が触れたためだろうか。
 普通のお爺さんなら、孫に注意ぐらいは与えるだろう。
「そんなことをやってはいけないよ」とか。
 だが、幸一のお爺さんは、本気で怒った。
 怒られるのと、叱られるのとでは違う。
 お爺さんは怒ったのだ。
 幸一が怖がるのは、お爺さんの前でやってはいけないことが掴めないためだ。
 これをやれば叱るだろうと思っていることでも叱らない。
 幸一は安全地帯を見失ったのだ。だから、お爺さんと接するのを避けるようになり、以前のようにははしゃがなくなった。
 いつ地雷を踏むか分からない場所となったのだ。
 お爺さんにしてみれば、いつの間にか温和で大人しいお年寄りにされてしまった。孫が何をしても、一切叱れなくなった。
 お爺さんは実は短気で怒りっぽい。それを年と共に温和へ温和へと改良を加え、今日に至っているのだ。本性とは違うキャラクタになってしまったのだ。
 孫を叱ったのは、虫の居所が悪い時だった。本来ならちょっとしたことでも叱る性格なのだ。それを我慢して押さえ込んでいたわけだ。
 そのため、暴発させてしまった。これはお爺さんのミスだった。怒るつもりはなかったのだ。
 お爺さんは孫の行為をすべて許していた。だからこそ温和で優しいお爺さんに幸一には見えたのだ。
 幸一が引いたのは、お爺さんの怒った時の顔だった。その顔が特撮の狼男の変身のように見えた。
 一度それを見てしまうと、もう戻れない。
 その後、幸一が大人になるまで、お爺さんは一度も怒る事はなかった。
 
   了


2008年05月04日

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