小説 川崎サイト

 

幻の三階

川崎ゆきお



「この上はどうなっていますか」
「二階までですよ」
「でも外から見ると三階の窓が見えましたが」
「この物件は木造二階建てですよ」
「じゃ、あの窓は」
 周旋屋は間取り図を見る。
「やはり三階はありません」
「その間取り図にはのっていないのですね」
「屋根裏じゃないですか。換気用の窓でしょ」
「設計図はありませんか」
「あるとは思いますが、古いですからねえ」
「ちょっと間取り図を見せてください」
「チラシにあるのと同じですよ」
 男は二階部分の図をじっくり見ている。
 和室が三部屋ある。中央を廊下が走り、突き当たりは下への階段だ。反対側は奥の部屋だ。
 男はその廊下に立ち、天井を見つめる。
「屋根裏部屋はないのですか」
「階段がないでしょ。あれば、部屋数が多くなりますから、間取り図に書き入れますよ」
 男は奥の部屋を開ける。六畳の和室で、ガラス窓がある。雨戸を閉めているので、薄暗い。
 間取り図には納戸と押し入れがある。
 男は袋開きの納戸を開ける。
「あるじゃないですか」
「え」
「これ、階段じゃないですか」
 梯子のようなものが上に伸びている。
「おかしいですねえ」
「この間取り図、適当に書いたのでしょ」
「階段があれば、気づきますよ。屋根部屋があることを。見落としたのかなあ」
「この納戸を開ければ、分かりますよ」
「開けなかったのかなあ」
「きっとそうですよ」
「あのう、価格なんですが」
「価格?」
「ちょっと上げていいですか」
「かまいませんが。でも見ないと決めかねませんよ」
「ただの屋根裏だと、値はそのままで結構です」
「じゃあ、あなた、先に上がってください」
「私くしがですか」
「あなた所の物件でしょ」
「分かりました」
 周旋屋は雨戸を開けた。天井には蛍光灯はない。
「じゃ、お先に。でも、すぐ後ろから続いてくださいよ」
「何を続けるのです」
「すぐ後ろにいてください」
「ああ、一緒に上るのですね」
「お客様も見たいでしょ」
「まあね」
 周旋屋は天井近くで止まった。
「これ、家具ですよ」
「はあ?」
「棚ですわ」
 
   了


2008年05月05日

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