小説 川崎サイト

 

松茸山主人

川崎ゆきお



「また雨が降ってますなあ」
「そうですねえ」
「この雨で松茸がよく育つかもしれん」
「雨は歓迎なのですね」
「宝の山が育つんじゃからな」
「去年のように盗まれると大変ですよ」
「松茸泥棒は、今年は来んだろう」
「どうしてですか」
「山に立て札を出したでな。松茸泥棒は入山禁止とな」
「それは、ここは松茸山だと教えているようなものじゃないですかね」
「教えんでも、やって来よったからな。敵はよく知っておるのじゃよ」
「効果があるでしょうか」
「文字が読めればな」
「相手は泥棒ですよ。無視すると思いますよ」
「そうかな」
「柵を作るのはどうでしょうか」
「うちの山は広い。無理じゃよ」
「では見張りをおくとか」
「雇う金がないのう」
「では、僕がその役をやりましょうか」
「あんたは、旅行者だろ」
「滞在しますよ」
「ちょいと計算してみる」
「警備費は無料です」
「ボランティアさんかい」
「その代わり、この民宿の宿代は…」
「いいともいいとも」
「三食食べますよ」
「かまわんかまわん」
「では、松茸が出てくる季節に来てよろしいですか」
「お願いする」
 旅人は、秋にやってきた。
 しかし、民宿は閉まっていた。
 旅人は、近くの農家で聞いてみた。
「この季節、民宿は休みだよ」
「松茸山で忙しいからですか?」
「松茸山?」
「民宿のご主人の」
「ああ、あそこも松茸山だったなあ」
「立て札とかがあると思いますが」
「そういや立ってたが」
「このあたりは松茸の産地でしょ」
「産地というほどのものじゃないよ。宿屋の爺さんは松茸山と呼んでいるようだが、松茸ぐらいは、まあ生えるだろ。山だからな。松もあるしな」
「で、宿屋のお爺さんはどこへ行かれたのでしょうか」
「毎年この季節はおりなさらん」
「何処へ?」
「出稼ぎとか言っておったなあ」
 
   了

 


2008年05月10日

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