小説 川崎サイト

 

石仏の村

川崎ゆきお



「この先は荒れ地が続くだけで、もう、何もありませんぞ」
「村があると聞いたのですが」
「道らしい道もないのですぞ」
「でも、村が」
 小高い台地に囲まれた、荒涼とした景色が続いている。
 村人は、旅人の言う村を否定する。我村でさえ廃村寸前だ。僻地ではよくある事情だ。
 ましてや、その奥の台地はさらに不便な場所だ。
「バスも通っておらんので、行くなら歩きだな」
「やはり小仏村は存在するのですね」
「小仏か大仏かは知らぬがな」
「行かれたことはないのですか。いわば隣村でしょ」
「用事がないでな」
「お爺さんも子供のころは好奇心もあったはずですよ」
「今もあるぞ」
「じゃ、そんな村があるのに、どうして近づかないのですか」
「あんたの言うとおり、子供のころに行ってみたことがある」
「どうでした?」
「落人村だな」
「平家の」
「さあ、何処かの一族だろう」
「落人伝説ですね」
「だから、近づかんほうがええ。奴らは交流を求めておらん」
「でも今はそれでは立ち行かないでしょ。何か特産物でもあるのですか」
「仏師の村じゃ」
 旅人はリュックから小さな石仏を取り出した。
「ここに小仏村の印があるのです」
 老人は石仏を見る。
「ああ、これだな」
「この石仏が小仏村で作られたことを知りました」
「荒れ地だが、石だけはいくらでもある。それを仏にし、生計を発てておる村じゃ」
「それは商行為でしょ。だったら、そこの村人も外に出るわけでしょ」
「外?」
「町とかです。売りに出るわけでしょ。それなら、ここを通るのではないでしょうか」
「いや、ここは通らん。奴らは山越えで町に出よる」
「ありがとうございました。様子がよく分かりました」
「行くのか」
「はい」
「小仏村に入ったよそ者は二度と帰らぬと言うぞ」
 旅人は小仏台地へ向かった。
 
   了

 


2008年05月11日

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