小説 川崎サイト

 

長者のいた村

川崎ゆきお



「よくぞここまで辿りつきましたなあ」
 出迎えた村長が言う。
「いやいや」
「御苦労なさったでしょ」
「私より、村人の方々のほうが御苦労かと」
「おや、どうして」
「こんな地の果てのような土地に閉じ込められて」
「おや、そうかな」
「人も滅多に来ない村でしょ」
「まあ、そうですが」
「不便なところなので御苦労かと」
「ここにいると、さほど不便は感じないし、苦労とも思いませんよ」
「自給自足でやって行けるのですか」
「食べるだけなら何とかなりますよ。海はないが川はある。魚もいる」
「田畑もありますねえ」
 旅人は周囲を見渡す。
「だから、苦労ではないですよ。まあ、宿もありますので、ごゆるりと」
 旅人は村長宅に入った。
 思っていたのとは違い、豪邸だ。もっと貧しい寒村かと思っていたようだ。
「これは…」
 旅人は何かを感じたようだ。
 単純な経済の問題だ。
「これはやられるなあ」
 旅人は一流旅館のような客間に案内された。
「近くの娘さんか」
「はい」
「手伝いにきているのか」
「はい、お客さんがきたときだけ」
「そうか」
 村娘はすぐに姿を消した。
 旅人はリュックを隠そうと思ったが、すぐにやめた。大したものは入っていない。カメラとノートパソコン程度だ。売っても大した金額にはならない。
 問題は財布だ。現金が入っている。
 夕食は豪華な料理が出た。
「まあ、ゆるりと滞在してくだされ」
 村長がにこやかに話しかける。
「ふに落ちないのですが」
「何がですかな」
「どうして歓迎されるのでしょうか」
「人の寄り付かない村へ、わざわざお越しいただいたからですよ」
「それだけですか」
「はい」
「でも豪華ですね。この屋敷も」
「長者様がおられてなあ。もうおりませんがな。そのお方がいた時代のものですよ」
「もう長者様はいのですね」
「はい、だから、安心してお休みくだされ」
「それを聞いて安心しました」
「罪滅ぼしにご協力を」
「了解しました」
 
   了


2008年05月13日

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