小説 川崎サイト

 

インクが溶ける

川崎ゆきお



 日々が過ぎてゆく。
 村岡は感傷に浸る。
 浸れるだけの余裕があるのだろう。
 または、負の何かを見ているからだ。
「日々ですか」
「どんどん過ぎてゆく」
「いいことが先にあると、早く日がゆくほうがいいんじゃないですか」
「そうだね。だが、私の場合、無駄に日々を過ごしているように思えてならない。先の楽しみもないしね」
「通販とかで物を買えばどうですか」
「え、消費か」
「必要なものなら、浪費じゃないでしょ」
「まあ、そうだが。で、なぜ通信販売なんだ」
「届く日を待つでしょ」
「イライラするねえ」
「だから、届く日が楽しみになりますよ」
「すぐ届くんじゃないの」
「まあ、遅くても一週間以内でしょ。今週申し込めば、来週届くまで、楽しみが続きますよ」
「それを買えば何か解決するかね」
「届くまでの楽しみが得られますから、日々を過ごす解決方法の一つにはなりますよ」
「じゃ、届けば、それで終わりか」
「また、買えばいいんですよ」
「そんなに買う品があるかなあ」
「必要なものなら、いくらでもありますよ。例えば、冷凍のお惣菜とかはどうですか。これなら毎週買えますよ」
「そうだね。浪費じゃないよね」
 村岡は早速実行した。
 季節のお奨め詰め合わせセットが届いた。
 どんなものが届くのか、確かに楽しみができた。
 村岡は他の業者からも買い出した。
 段ボールに凍った食品が詰まっている。その梱包方法や、中に入っている説明を見比べるのも楽しみになった。
「この業者はいいねえ」
「やってますね」
「君の言うとおり、楽しいよ。この業者のもビニール袋にものが入っているんだが、袋が二重でね。君、その意味が分かるかね」
「さあ」
「ビニール袋に料理名を印刷したシールが貼ってあるんだがね。これがなかなかはがれない。それで、湯で暖めると文字が消えるんだ。溶けるんだよ。インクが溶けるんだよ。鍋の中でね。これは嫌だよ」
「はい」
「ところがこっちの業者は二重になっていてね。インクが溶けないんだ。これは分かっている業者だね。ここだけだよ。今のところ、この手当をやっているのはね」
「よかったですねえ村岡さん。楽しみができて」
「まあな」
 
   了


2008年05月15日

小説 川崎サイト