小説 川崎サイト

 

お庭芸

川崎ゆきお



 引退した先輩の家を吉村は訪ねた。
 先輩は縁側で花壇を見ていた。
「調子はどうですか」
「ああ、吉村君か。暇なのかね」
「先輩のように早く暇になりたいですよ」
「私は庭の手入れで忙しいがね。今度池を作ろうと思っている。自分で掘るんだ。ほら、あのあたりでね。だから、あそこには何も植えていない」
 これが業界を牛耳っていたこともある男の晩年の姿だ。
 問題は庭にあり、そこで終わっている。庭いじりが世界になっているようにみえる。
「最近よく顔を出すが、何かあるのかね」
「御機嫌伺いですよ」
「それは現役中の話でしょ。今はもう何の力もありませんよ」
「有馬の隠居と呼ばれています」
「有馬」
 この男の名前ではない。土地の名だ。
「妙な呼ばれ方だね」
「有馬のお人とか、有馬の老人とか、いろいろです。有馬だけもあります」
「それはすべて私のことだね」
「そうです」
「昔話で出てくるのでしょうな」
「そうとは思えませんが」
「はて?」
「噂はいろいろ多方面で聞きます」
「昔のね」
「今のです」
 吉村は無理に鋭い目を有馬の隠居に見せた。
「ほう、痛い痛い」
 眼差しの切っ先が老人にあたり、痛いようだ。
「お約束したではありませんか」
「何だったかな」
「業界とは決別すると」
「じゃ、君はどうして、ここに居るのだね」
「御機嫌伺いです」
「それじゃ、決別していないじゃないのかね」
「これは個人的な行為です。お世話になった大先輩ですから」
「様子を探りにきているのだろ」
「花壇を拝見」
「君にそんな余裕はなかったはずだが、園芸趣味に芽生えたか」
「はい」
「ごまかさず、用件を言いなさい。何が聞きたい」
「池はどうして作るのですか」
「穴を掘ってビニールシートを何重も重ねて底にする」
「そのビニールをどこから手にいれるのですか」
「どこにでも売っているだろ」
「それではお答えにはなりませんが」
「知りたいか」
「はい」
「百均だよ」
「分かりました、先輩の動きが、大体分かりました」
「そうか。カンのいい奴だ」
 
   了


2008年05月18日

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