幻の忍者
川崎ゆきお
茶室に通された木下は、曰く有り気な老人と向かい合った。
実際には真正面に座ったわけではなく、九十度のズレがある。距離も遠い。
和服の老婆がお茶を出す。
茶道具でいれるお茶ではない。
「調べてもらい事がある」
老婆が茶室を出る。廊下を遠ざかる足音が聞こえる。
「他でもない」
木下はゆっくりと頷く。
「何者かが、この屋敷を窺っておる」
「泥棒なら、僕を呼びませんね」
「さよう」
「で…」
「誰だか突き止めて欲しい」
「それはノーマルな人間ではないということですね」
「さよう」
木下は怪事件専門の調査員だ。
「それには、事情に分け入らなければいけませんが」
「それは不要」
「心当たりがあると思うのですが」
「うむ」
「それは言えないと」
「さよう」
木下は正座を崩す。
「困りました」
「お願いする」
「では、どんな人物が、この屋敷を窺っているのでしょう」
「それは言える」
「どうぞ」
「黒装束に黒覆面の…」
木下が手で遮る。
「どうした」
「ありえません」
「そうか。ないか」
「そんな怪しさを晒すような曲者はいないでしょ」
「そうだな」
「目撃されたのですか」
「だから、困っておる。それで君を呼んだのだ」
「はい、分かります」
「誰だと思う」
「忍者でしょ」
「だから、困っておる」
「医者を紹介しましょうか」
「そのレベルの話をやっておるのではない。君まで常識的判断を下すか」
「だから、そこに至るまでの事情があるはずなのです。思い当たることをお話ください」
「ならぬ」
木下は依頼を引き受けた後、この老人について調べてみた。
土地の有力者で、昔の大地主家系だ。
近辺で聞き込みから得た情報から、最近進んでいるようだ。
依頼者の老人が抱いているこの事件のイメージは、木下にとっても嫌いなジャンルではないが、少々時代劇過ぎるようだ。
了
2008年05月20日