小説 川崎サイト

 

水の谷の姫

川崎ゆきお



 水の谷に聖獣を操る少女がいるらしい。
 この国の聖域というより、放置地区だ。
 隣国の軍勢が攻めてきた。
 攻められた国王は水の谷に使者を派遣した。
「この戦いは不利だ。勝つ見込みはない。国は滅び、この水の谷も敵の領土になるだろう。我が王は、この谷を黙認してきた。今後、そうはいかないだろう。ここは自然が豊富で、資源が多い。守れなくてすまないが、逃げてくれ」
「ここは聖域。自然の谷。聖霊のいる場。立ち去るわけにはいかぬ。まだ、負けると決まったわけではなかろう」
「戦力が違う。敵は隣国を滅ぼし、その兵を加えると大軍」
「王は戦う気がないのか」
「ない」
「では、勝てる見込みがあれば、如何する」
「見込み?」
「水の谷の姫は聖獣使いであることを知らぬか」
「知ってはおる」
「だから、この谷は王も手が出せなんだ」
「まあ、そうだ」
「国が滅びるのを救いたい」
「何と」
「だが、それは水の谷の姫の意志にかかっておる。わしの命では動いてはくださらぬ」
「では、駄目ではないか」
「そちが、交渉すればよい。使者であろう」
「退散を知らせる使者だ」
「それが援軍要請の使者になってもおかしゅうなかろう」
「援軍?」
「姫の率いる水神軍だ」
「あの魚の化け物たちか」
「交渉すべきだ。うまくいけば立ってくださろう」
 使者は水の谷の奥深くに入り、姫と交渉した。
 自然を滅ぼす敵とは戦うと約束を交わした。
 姫の周囲には戦車のような頑丈な鱗の魚が陸に上がっていた。巨大な亀や、羽根のある魚もいた。
 城に戻った使者は王に伝えた。
 王は援軍を断った。
「我が王族がこの地を去れば、戦いはない。領国を守れなかったのはわしに力がなかっただけ。さあ、攻め入られぬ先に逃げるぞ」
 王一族とその軍団は解散し、城を出た。
 その時、空を無数の魚が飛んでいた。隣国の本隊へ突っ込むつもりだ。
 先頭の魚には水の谷の姫が乗っていた。
 王はそれを見上げながら、
「好きよのう」
 と、つぶやいた。
 
   了



2008年05月23日

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