小説 川崎サイト

 

我が世の春

川崎ゆきお



 我が世の春。
 常田はそう呟いた。何度も何度も呟いた。
 今までの不安が払拭し、自由な我が身になったような気になれたのだ。
 それまでの常田は、どこか落ち着きがなく、何をするにしても引き気味だった。
 それは不安材料が常にあったからで、それが足を引っ張っていた。
「それはよかったなあ」
「我が世の春だよ」
「常田君の元気な顔色を見るのは久しぶりだな」
「生きた心地がしなかったからな」
「それで、もう憑き物は完全に落ちたの」
「見事に落としてもらったよ」
「そんなことがよく分かったねえ」
「原因を調べるのが大変だった」
「地の果てのようなところまで、調べたわけだ。原因が憑き物だなんて、思い浮かばないことだからな」
「最後は、そういうところに落ち着くのかもしれない」
「で、憑き物の正体は何だったの?」
「だから、憑き物だよ」
「その正体だよ。何が憑依していたの?」
「さあ、それは知らないけど、悪い物だって」
「憑き物落としの先生がかい」
「行者さんだった。山伏のようなスタイルの人だ」
「いるんだな、そんな人がまだ」
「祈祷で憑き物は退散したようだ」
「それは精神的なことなの? それとも、本当に化け物のような物が取り憑いていたの?」
「後者だ」
「まあ、それで元気になれたのだから、問題はないか」
「昔からいるみたいだよ。だから、憑き物が落ちたような気持ちって、言うだろ」
「やはり、動物なのかな。憑き物って」
「行者さんによれば、見えないらしいよ。だから、動物にたとえるらしい」
「イメージを借りるわけか」
「だから、狐憑きは、狐じゃないんだ」
「その方面も進歩しているのだなあ。常田君の場合は何だったの。動物で言えば」
「見抜けなかったようだ」
「でも、抜けたんだろ」
「そうだよ。だから元気だ」
「何が抜けたのかは行者さんにも分からなかった?」
「分かりにくいのもいるんだって」
「お祓いしてもらうものだね。常田君のように元気になるケースもあるんだから」
「我が世の春だ。もう何でもできる」
「別の物が入れ替わりに入ってないといいけど」
「え、どうして」
「元気すぎるから」
 
   了



2008年05月24日

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