小説 川崎サイト

 

うたた寝

川崎ゆきお



 うたた寝から起きた広田は、何か分からない状態だった。
 眠る前に何か考えていたのだが、その考えが分からない。
 何について考えていたのかが分からないのだから、思い出しようがない。
 しかし、印象だけは残っている。今の状況を打破できるような何かだ。
「ああ、その手があったなあ」
 と、フレーズだけが残っている。
 では、何を打破するのかになると、その本体がよく分からない。
 何がが欠けているのだ。
 広田は困っていることを考える。
 色々ある。その中の一つだ。
 しかし、困っていることではないかもしれない。たとえば大金が入り、その使い方に困るとかだ。
 金銭がないのは困るが、あって困ることはない。別に困っても問題のない困り方のためだ。
「この手があったのか」は、もっと部分的な箇所かもしれない。
 たとえば、いつもポケットの中に小銭を入れ過ぎており、自転車のカギを一緒に入れてしまうと、なかなか出てこない。そのカギを鞄のポケットに入れるとかだ。
 だが、その程度のことで「その手もあったのか」などと印象に残るだろうか。
 広田は思い出せないまま起き上がり、テレビのスイッチを入れる。
 そして、夕食は何を食べようかと考えた。
 もう、うたた寝前の何かは思い出せないので諦めた。
 大事なことならもう一度浮上するはずだ。
 たとえば今夜何を食べるかが、それだったとすれば、「その手もあったのか」も通用する。
 しかし、広田の食事は淡泊で、適当なものを食べている。だから、その手を見つける気もない。
 うたた寝で記憶から消えてしまったが、その残滓だけが残っている。
 もしかすると、それはうたた寝する前ではなく、うたた寝中の夢なのかもしれない。
 それなら、納得できる。
 とりあえず、何かが解決したのだ「その手があったのか」で終わっていいのだ。
 不思議と問題が解決したような達成感や安堵感がある。
 これは、仮眠することで体や精神が少し回復しただけのことかもしれない。
 
   了



2008年05月27日

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