小説 川崎サイト

 

気休め

川崎ゆきお



 気の休まる時がない吉田には気休めが必要だった。
 しかし気休めを、そこでやると、休んでしまうことになる。そのため、休んだ後、余計に気忙しくなる。
 だから、気休めは必要であるどころか、さらに気忙しくなるため、ますます気の休まらない日が続く。
 ここは休まないで、やり切るのが得策かと吉田は考えた。
「そんなに急ぐことなの?」
 友人の前川が聞く。
「落ち着かないからね。終わるまでは」
「たまには休憩が必要だよ。気晴らしでもすれば」
「落ち着かない状態では、ゆっくりできないよ」
「一時忘れてさ。骨休めさ」
「だから、のんびり寛げる余裕がないんだよ。安心して休めないのさ」
「そんなに面倒な仕事なの」
「まだ、仕事にはなっていない」
「仕事じゃないのに忙しいの」
「仕事を取るために忙しいんだよ。取った後は、普通だと思う」
「仕事を取るって、それ会社の仕事じゃないの」
「会社の仕事なら、ゆっくりやるよ」
「じゃ、何の仕事なの」
「会社が危なくてね。独立しろというんだよ」
「じゃ、リストラじゃないか」
「いや、今の得意先をそのまま頂戴できるんだ。それが退職金だってさ」
「あ、そう。そんなことがあるんだ」
「ああ、あるんだよ。それで、社員がすべてライバルになる。取り合いだよ」
「それで忙しいのか」
「三社取れば、何とかなる。一社取れたんだが、取り返されてしまった」
「それは大変だな」
「三社取れないと今の年収にはならない。家のローンもあるしね」
「転職すればいいじゃないか」
「今の会社より条件のよいところなんてないよ。十五年働いて、やっと得たポジションなんだよ。給料も毎年上がったからね。同じ条件で横滑りはできないよ」
「四十前の新入社員って、ちょっと聞かないなあ」
「それは、あってもいいけど、新入社員は新入社員の給料しか出ないよ」
「それで、三社取れる可能性はあるの」
「五社取れる可能性もある」
「じゃ、社員の誰かが困るじゃないか」
「全員三社は無理なんだ。数は限られている」
「それは、落ち着かないだろ」
「ああ、決まるまではな。生きた心地がしないさ。駄目なら駄目でもいいんだけどね。その時は気晴らしで、しばらく休むよ」
 
   了


2008年05月30日

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