小説 川崎サイト

 

夜間のこと

川崎ゆきお



「趣味は見つかりましたか?」
「はい、おかげさまで」
「どんな感じの?」
「夜中、自転車で走ることです」
「ほう」
「いいでしょ」
「見つかったことはいいのですが、それは趣味と言えるでしょうか」
「自転車で走るのは趣味でしょ。そのジャンルもあります」
「サイクリングですね」
「ほら、知ってるくせに」
「ですが、夜間に走るサイクリングは、あまり聞いたことはありませんよ。そんなジャンルはないかと」
「サイクリングは言い過ぎでした。そんな長い距離を走るわけではありません」
「じゃ、サイクリングではないのですね」
「でも、サイクリングと同じです。走るのが目的ですから」
「その違いは何でしょう?」
「何の違いですか?
「サイクリングとの違いです」
「それほど違わないですよ
「じゃ、サイクリングなのですか」
「それは自分でも言い過ぎてると思います」
「距離が短いので、サイクリングではないと?」
「ミニサイクリングです。これなら、当てはまります。私の趣味はミニサイクリングです。登山ではなく、里山歩き程度のものと似ています。ハイキングでもピクニックでもなく、村内の丘の様な所を歩く程度です」
「里山歩きは趣味として認めてもいいでしょう」
「でしょ」
「しかし、自転車で近場を走るのは、何かな‥と、思いますが」
「近所の風景を見ながら、自転車で走るわけです」
「しかも夜間でしょ」
「はい。そこがポイントです」
「どうして?」
「昼間なら、そんな自転車はいくらでも走っています」
「用事で走っているのでしょ。昼間の自転車は」
「だから、違いは見えにくいのですよ。ところが夜間になると、もう用事がない。純度が高いわけです」
「純度?」
「純粋に走ることを楽しんでいるのです。当然走るだけが目的ではないのですよ。この趣味は」
「その目的をお話しください」
「先ほども言ったでしょ。風景を見ながらです。ただ単に走るだけじゃないのですよ。里山歩きと似ているのは、強い運動ではないことです」
「夜景を見るわけですか」
「はい」
「まあ、あまり一般化できませんので、夜中に徘徊されないほうがいいと思います」
「もう行っていいですか」
「はい、気をつけて帰ってください」
 
   了


2008年06月5日

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