茶道家
川崎ゆきお
本村は茶道の家元だ。サドウではなくチャドウと呼ぶ。
若い頃、茶に興味を持った。玄米茶やほうじ茶でもなく、抹茶でもない。茶室に興味を持った。まだ十代後半の若者が、爺臭い趣味を持ったのは、茶室の持つ雰囲気に惹かれてのことだ。
これは通常の若者なら惹かれるはずのない世界だ。だが、本村の見方は違う。
その見方が独自だった。いや、単なる印象でしかなかったのかもしれない。それは時代劇とかに出てくる茶室の雰囲気だ。
なんとなく隠れ家のような雰囲気で、密談が交わされている雰囲気を好んだのだ。
この好みは本村の持つ性癖と合致した。
その性癖は明るいものではなく、裏の世界につながるものだった。
本村は裏千家の存在を知ったが、決して裏世界の家ではなかった。
本村は高校卒業間際、担任から進路を聞かれた。将来何になりたいかとの質問にチャドウをやりたいと答えた。
「ちゃどう? 何ですかそれは」
「茶道家になりたいのです
「ちゃどうか?」
「はい」
「なんですか、それは?」
担任は本村の話しを聞くしたがい、それはチャドウではなくサドウであることに気づいた。そして、すぐに大笑いした」
「本村君、それは茶道だよ」
「いえ、チャドウです」
本村はそのとき言い違いに気づいたが、そのまま突っ走った」
そして、十年後、チャドウ家になった。競合する人間はいなかった。本村が作った道だった。当然本家となった。
もし、茶道なら、本村はすぐにやめていたかもしれない。
チャドウと、読み違えたのだが、それを読み違えではないことを言いたいだけで、やってきたのだ。
本村のチャドウは茶室での仕草がメインだった。禅問答のような言葉のやり取りを楽しんだり、時代劇風の寸劇を楽しんだ。
つまり、茶室ごっこなのだ。
ある日、高校の担任と本村は同窓会で出会った。
本村は茶道家と書かれた名刺を担任に渡した」
「茶道家になったのかね」
「先生、これはチャドウカと、読むのですよ」
「そんなことはないよ、本村君」
「先生は知らないだけで、チャドウはあるのです」
だが、担任は、それを認めようとはしなかった。了
2008年06月14日