便所の首
川崎ゆきお
二人の怪奇愛好家が、何が怖いと感じるかという話になった。 「僕の場合は、やはり便所だね」 「それは定番の一つだな」 「夜中に小便がしたくなり、寝床から起き上がる。このとき、何かに呼ばれているのかもしれないと感じることがある。時間はいつも二時だしね」 「二時、丑三つ時……。誰に呼ばれるわけ?」 「さあ、それは分からないけどね。そういった意志を感じるの。だって、いつもは途中で起きたりしないもんね」 「急に冷え込んだ夜、トイレに立つときもあるぜ。水分取り過ぎた夜とかも」 「もちろん、それも考慮した上で、さらに何かを感じるんだ」 「で、どうなるだい?」 「便所のドアを開けると……」 「何かいるわけだ」 「いないよ」 「じゃあ、怖くないじゃん」 「恐怖って、人が作り出すものなのさ」 「それは同意するぜ」 「だから、作ってしまうんだ」 「聞きたいね、その創作」 「便所に窓があってね。いつも十センチほど開けているんだ。そこから隣のベランダが見える。たまに洗濯物を干している主婦と目を合わせることがある。僕はそのときは身をかがめて顔を隠すんだ。まあ、それが怖いわけじゃないよ。夜中に洗濯物を干しに行かないだろうしね。まあ、何かの都合で、ときたまそんなシーンもあるかもしれないから絶無とは言えないけど」 「それで、何が怖いって……?」 「もう少し近くだよ。開いてる窓のレールの上にね、人の顔があったら怖いなあって……」 「なるほど、そういう想像が怖いんだ」 「そうだね。勝手にそんな想像で怖がってるのさ」 「まあ、君の言う通り、想像力が豊かだと、怖いものが増える」 「増えると言うより、怖いものを作ってしまうのさ」 「なるほど」 次の夜、堀川は物音を聞いた。 目覚まし時計を見ると二時前だ。 物音は外から聞こえる。便所の方角だ。 物音は二時になると消えた。 堀川は便所へ向かった。 堀川の部屋はアパートの二階にある。 窓の下に小さな屋根があり、その下は一階の便所だ。 堀川は便所のドアを開けた。 十センチほど開いているその空間に黒い塊があった。 堀川はニヤリとしながら、一気に電気をつけた。 黒い塊が顔に変わった。 女だった。 堀川は一瞬心臓が凍るほど驚いた。 「吉田の奴、起用だなあ」 と、冷静さを取り戻した。 本当に怖かったのが癪だった。 堀川は、まだ心臓がドキドキしていた。 そして、よく見てやろうと顔をもう一度見た。 目が合った。 女はニヤリと笑った。 堀川は便所から飛び出た。 足の指をドアにぶつけたのか、痛みが走った。 それに耐えながら、玄関のドアを開け、通路を駆け抜け、一階に降りた。 アパートの裏側に回り込んだ。 便所の窓がある壁に沿って路地が走っている。 便所の窓が見え、そこに人が立っている。 堀内はゆっくりと近付いた。 路地にもう一人いた。 吉田に違いないと堀川は確信した。 一階の便所の屋根に立っているのは彼女だろう。一度だけ会ったことがある。 堀川は脅かしてやろうと近付き、声を出そうとしたとき、悲鳴が聞こえた。 悲鳴の主は、隣のマンションの主婦だった。 洗濯物を干しにベランダに出たのだろう。 やはり、絶無ではなかったのだ。 了 2005年10月5日 |