小説 川崎サイト

 

一度見たシーン

川崎ゆきお



「さて、どこまで話したかな」
「あ」
「どうかしましたか?」
「一度聞いたことがあります」
「前の話かな?」
「いえ、その言い方」
「はあ?」
「さて、どこまで話したかな…です」
「何度も言っているからな。別に同じ話をまたやっているわけではなかろう」
「そうです」
「何が気になるのかな」
「三村さんが、そうやってお茶をすすりながら、さて、どこまで話したかな…と、言ってるシーンを、一度見た覚えがあるのです」
「わしゃ、何度も茶を飲みながら、同じことを言ってるかもしれんぞ。まあ、覚えてはおらぬがな」
「あ」
「どうした」
「ここまで、ここまでのシーンもあるんです」
「どこまでだい」
「今、その、寸前まで」
「それは私には記憶がない。そんな聞かれ方をするのは今が初めてだからな」
「そうですか」
「今はどうかな」
「再現ではありません」
「じゃ、君は記憶にないシーンを思い出したわけかな」
「そうなりますか」
「まあ、それはいいから、話の続きをやろうかな」
「はい、お願いします」
「さて、どこまで話したかな」
「…………」
「また、記憶にあるのかな」
「いえ、今度はその感覚はありません」
「では、続けますよ」
「はい、お願いします」
「北村という名主の存在は、近隣の村々でもよく知られておってな、一目置かれた人物ということじゃな」
「やはり、気になります」
「これを聞くのは初めてだろ」
「はい」
「明日にするかい。私も気になって話しにくいでな」
「すみません。余計なことを言ってしまって」
「よくあるのかな。そういうことが、君の場合」
「はい、頻繁に」
「まあ、錯覚さ。気にせんほうがよい」
「あ」
「来たか」
「はい」

   了



2008年06月15日

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