小説 川崎サイト

 

スイッチ

川崎ゆきお



「最近怖い話はありませんか」
 と、恐怖研究家は質問された。
「そんな話を聞いて、どうするんじゃ」
「取材です」
「毎月ご苦労なことだ」
「月参りです」
「最近の研究では」
「何かありますか?」
「恐怖の種類が変わってきた」
「たとえば?」
「たとえはない」
「どのようにでしょうか?」
「精神病理的なことかのう」
「それはかなり前から言われていますよ。最近このことじゃありません」
「そうなのか」
「はい」
「じゃ、君のほうが詳しいじゃないか」
「先生には、もっと具体的な恐怖談を期待しているのですが」
「たとえば?」
「本当にあった怖い話とかです」
「それは、もう古いじゃろ」
「いえ、まだ子供たちには人気があります。学校の怪談とか」
「怪談とは死んだ人間が化けて出たり、祟ったりする話じゃ。それは案外怖くはない」
「大人はそうでしょうが、低学年の小学生とかなら、まだいけるのです」
「そのネタは全部使った。新ネタも入ってこない」
「作られてはいかがですか」
「まあ、その種の話はほとんどが作り話だからな、わしが作り直してもよいのじゃが、あまり興味は起こらん」
「では、先ほどの精神病理学的恐怖でも結構ですよ」
「そうだろ。本当に怖いのは生霊なんじゃ」
「あれは生霊なんですか」
「病んで霊だけになっとる。魂というほど高級なものではないがな」
「何かがとりついているのでしょうか?」
「昔の人はそういってたな」
「異常性格者でしょうか」
「それは誰もがそうじゃ」
「その説が怖いです」
「問題はスイッチが入ってしまうことだな」
「それは自動的に入るのですか」
「病人は怖くはないんだ。気味が悪いがな。その状態ではまだスイッチは入っておらん」
「スイッチが入るきっかけは何でしょうか」
「生霊の仕業じゃ」
「この話は聞かなかったことにします」
「どうして」
「雑談より、怖い話を紹介してください」
「君もスイッチを入れたな。今」

   了


2008年06月23日

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