小説 川崎サイト

 

上司の調子

川崎ゆきお



 何かが投影されており、その投影させているものを探れば意味が分かるのではないか。
 倉田はそう考えた。
 それは倉田の上司の発言がよく聞き取れなかったからだ。耳が悪いのではない。意味が分からないのでもない。ただ、なぜそんな発言となるのかが腑に落ちなかったからだ。
 だが、上司が何を元にしての発言なのかは、倉田にとっての想像でしかない。
 それでも、憶測は可能だ。おそらくそうだろうと思えるような元ネタがあるはずなのだ。
 たとえば、上司に何かを吹き込んだ同僚がいるとか、上司が妙なビジネス教訓書を読んだとかだ。
 倉田が腑に落ちないのは、いつもの上司の態度とは違っていたからだ。妙に優しいのだ。
 残業すべきところを定時で帰ろうとすると、何らかの反応を上司はいつも示す。軽い一言だが、それで上司の心理状態が分かるのだ。
 それは、言葉だけのことではなく、その話し方でも分かる。
 倉田はこの上司とうまくやっていこうと思っている。好き嫌いをいっている場合ではない。気に入られればそれが一番いいのだが、嫌われない程度でもかまわない。つまり、うまくいっている関係を維持したい。
 ところが最近、この上司の態度が柔らかく、そして優しくなった。すべてでそうではないが、今まで見せなかった態度だ。
 これには何かがあると考えるのは当然だろう。
 そして、倉田は、何かの投影ではないかと考えたのだ。
 つまりそれは、倉田が問題なのではなく、上司の心理だけが問題なのだ。上司の気が変わったともいえる。
「嵐の前の前の静けさではないか」
 倉田は最悪のことも考える。人事移動でもあるのかもしれない。それなら、もう直接の上司ではなくなる。だから、態度が変化したのだろうか。
 倉田はこの課に残ることを希望している。上司がどんな人間でも、この課にいることが大事なのだ。社では、この課にできる人間が集まっている。優秀な社員がいる場所なのだ。
 三ヵ月後、やっと理由が分かった。
 やはり人事移動があり、あの上司は他の課へ移ってしまった。
 誰が見ても栄転ではなかった。

   了

 


2008年06月30日

小説 川崎サイト