小説 川崎サイト

 

まあいいか

川崎ゆきお



「まあいいか」が作田の口癖だった。
 幽霊が出ても「まあいいか」で済ませてしまう。
 しかし、些細なことでは「まあいいか」とはなかなか言わない。特にどうでもいいようなことに関しては妥協を許さない。
「それは逆じゃないの」
 友人の徳田が突っ込む。
「大事なことは目を瞑って通過するんだ」
「いや、大事なことほど真剣に考え、熟考すべきじゃないのかい」
「それはわかっている。だがね、それをやりだすときりがないんだ。いつまでたっても結論が出ないんだよ」
「真剣に考えるということは、真剣に結論を出すことだよ。考えているだけじゃ駄目だからね」
「そう簡単には結論は出せないよ。矛盾する問題があるとき、どちらを選択しても、満足を得られないわけだから」
「そこで断を下すのが、真剣に考えた結果の答えなんだよ」
「真剣に考えれば考えるほど、矛盾点の解決が難しいことが分かってくる」
「だから、英断だよ」
「強引に答えを出すわけ?」
「妥当な結論をね」
「その答えなんだが、今まで何度も熟考した末、答えを出したことがある。でも、それって一晩でひっくり返るほど脆いものなんだよ」
「それは英断ではなかったんだ。考えが足りなかったんだ」
「最終的な決断って、結局雰囲気でしょ」
「え?」
「だから、イメージでしょ」
「いや、もっと論理的なものだよ」
「その論理に導いているところの背景のイメージがあるんだよ。理屈は言い訳のようなものさ」
「じゃ、そのイメージって何だよ」
「雰囲気だよ。なんとなくの好き嫌いというか、センスというか」
「それは、感情に左右されているだけのことさ」
「人間は感情の動物って言うじゃないか」
「その面があるというだけさ」
「まあ、今回のお誘いはキャンセルするよ」
「おいおい作田君。この仕事は完璧だよ。落とし穴なんてない。検討してもらえれば、分かる」
「まあいいか」
「出た出た。その言葉、待っていたよ」
「断っても、まあいいかって言ったんだよ」
「その判断基準を聞かせろ」
「論理とか、判断とか以前に、問題は君なんだよな。君」

   了


2008年07月8日

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