優秀な人
川崎ゆきお
「バランスのいい人は、結局何もできないねえ。特徴がないというか。あれもこれもできるが、秀でた力はない」
「そういわれていますがね。いろいろできて、しかも巧みな人もいますよ」
「それは認めたくないねえ」
「いるでしょ。そういう人」
「困るねえ」
「それって、結局はバランスが悪いんじゃないですか」
「そうだね。だから特技が複数ある人間は好きにはなれん」
「バランスを崩すからでしょ」
「そういう人間は職場には入れたくないねえ」
「それで、上島さんを落とすのですか」
「何でもできるわけがない」
「でも上島さんは、それができるんですよね。職歴を見ましたが、さまざまな職種を経験しています。しかもどれも優秀です」
「そんな人がどうして我社に面接に来たんだ」「会社が潰れたようですよ。上島さんの責任じゃないですから」
「君は採用したいのかね」
「非常に優秀な人です。何をやらしてもこなしてくれます。社にとっては悪くない人材でしょ。採用しない理由がありません」」
「僕や君よりも優秀な人間のようだ。それが気に入らん」
「でも、急がないと、人手不足で、現場はパニックですよ。早く入れないと、過労で、やめてしまいますよ」
「それは分かっているがね」
「じゃ、採用ということでいいですね」
「気に入らん」
「専務が新入社員と接することはまずないですよ」
「そういう人間が社にいることが気に入らん」
「困りましたねえ」
「私情であることは承知しておる。しかし、きっと職場でバランスを崩す。優秀すぎるんだ。それがまずいんだよ。これは私情であると同時に、組織を束ねる人間としての知恵だ」
「じゃ、上島さんより劣る人間を採用しますか。いくらでもいますよ」
「いや、優秀な人間でないと困る」
「それが上島さんですよ」
「そうなんだがね」
「じゃ、採用で」
「優秀な人間を雇うのは当然なんだがね。嫌いなんだよ。僕はこの小賢しいタイプが」
「知恵だけではなく体力もありそうですよ」
「だから、余計に気にくわん」
「はいはい」了
2008年07月12日