小説 川崎サイト

 

牛丼の味

川崎ゆきお



 小規模な牛丼チェーン店が流行っていた。
 規模が小さいので流行っていたわけではない。資金がないためだろう。
 しかし、順調に店の数を増やしている。
 全国展開の牛丼チェーン店は、その出来星店に関心を持った。ライバルとはいえないが、その地区では競合するためだ。また、客が取られている感じもある。
 できたばかりなので、珍しいので、一度は食べてみようと入るだけのことだと思っていたのだが、常連客も多そうだ。客が確実についている。
 企画室の高村は、早速調査した。
 食べると、かなりうまい。これでは負けると思った。
 牛肉の仕入先も分かった。特に上等な肉ではない。また、煮方も平凡だ。
 長年工夫を重ね続けた高村のチェーン店の味わいには達していない。ただ、味付けは控えめだった。
 牛肉とたまねぎを煮込んだだけの牛丼だが、
この味に達するまでの苦労を高村は知っていた。出来星牛丼屋では作れない味だ。この味は、客の好みを取り入れた偏りのない味で、極秘だが、出汁に特別なものを入れていた。牛丼でありながら、さっぱりとした風味がある。そして、この味を知ると、また食べたくなる。
 出来星牛丼を持ち帰った高村は、すぐに調理スタッフに分析を頼んだ。
 その結果は、たいしたことはないということだった。
 高村は、その出来星チェーン店を全部回り、試食した。同じ味だった。
「どこが違うのだろう」
 牛丼は各店で、バイトが大きな鍋で作っているようだ。どの店でも同じ味なので、マニュアルができているのだろう。
 高村は一日中、店の前を見張っていた。正確には裏側だ。すると、トラックが荷を下ろしていた。二日に一度ぐらいで、何かを運んでいるようだ。
 高村はそのトラックを尾行した。
 各店に何かを配達し、そして、市街地を出て行った。
 郊外どころか、かなりの山奥へ向かっている。山間の僻地だ。
 トラックは茶店の駐車場に止まった。
 高村が運転手に聞くと、水を配達しているらしい。
 高村はすぐに茶店で定食を食べた。白いご飯と川魚だ。
「おいしい」
 ご飯がおいしいのだ。このあたりは水道が来ていないので、山の水を利用しているのだ。そしてここは清流釣りで有名な土地だった。。
「これだったのか、秘密は」

   了



2008年07月13日

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