小説 川崎サイト

 

訪問会

川崎ゆきお



「いろいろな人と交流することで、視野も広がります。人は一人では生きていけないのです。仲間が必要なのです」
 講演が続く。
「一人で寂しいときでも、仲間がいると、緩和されます。いや、仲間がいると、寂しい状態も最初からないといってもいいでしょう」
 村田は後ろの席で聞いている。
「村は崩壊し、町も崩壊しました。壊れたわけではないのですよ。ゴーストタウンでもないのですよ。壊れたのはコミュニケーションです。町内でのコミュニケーションです。近所との繋がりです。これは住宅問題にもよるのでしょうねえ。気楽に声がかけにくい環境になってしまいました。昔なら隣の家の夕食、何を食べているのか見えたものですよ」
 全員笑わないで聞いている。
「ここで必要なのは、人と人との繋がりを取り戻すことなんです。これは生活文化が違ってきたための弊害なんですが、昔のような長屋には戻れません。井戸端会議の井戸がないのですからね。集う場所がない」
 村田は黙って聞いている。
「そこで必要なのは、地域の繋がりでしょうか。いえ、違います。昔には戻れないのですから、ここは知恵を働かせ、人為的な仕掛けが必要なのです。町内の人が集まれる集会所があありますね。でも行かれないでしょ。用事がないからですよ。それに生活とは切り離された場でしょ。集会所とか、コミュニティー施設は。わざわざ出かけないと駄目なんです」
「では、どうすればいいのです」
 会場から声がかかる」
「質問のある人は、後でお願いします。では、続けます。そこで考えたのが訪問ごっこです」
 村田は一度聞いたことがあった。
「二人一組で、訪問するのです。その組み合わせは、こちらで用意します。これなら、安心して、訪問できますし、また訪問も受けられます。あなたが人の家を訪ね、あなたまた訪ねられるのです。週に一度でも、二度でも三度も、毎日でもいいのです。スケジュールはこちらで用意します。ただ、了解を得ない人の家を訪問することはできませんからね。メンバーになってもらう必要があるのです。これは営利が目的ではありません。地域ボランティアです。他の多くの町内では成功しています。この町でも、訪問会を作りたいと思いまして、こうして、皆さんにお集まりいただいたしだいです。いかがでしょう」
 村田は前にも、こんな話があったことを思い出した。
 結局村田は人嫌いなので、メンバーに加わらなかった。
「メンバー登録は簡単です。これで、皆さんはみんな仲間になれるわけです」
 また、同じパターンかと思い、村田は説明会場を出た。
 
   了


2008年07月17日

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