小説 川崎サイト

 

荒れ寺の化け物

川崎ゆきお



 荒れ寺に化け物が出る噂があった。
 郊外の住宅地にその荒れ寺がある。宅地になる前は村だが、今はベッドタウンだ。
 村時代は神社と寺があった。由緒のある寺ではなく、村のお寺さんの住居のような寺だ。近隣の村を檀家としていた。
 荒れ野や荒地は町には存在しにくい。荒れ寺となると、殆ど存在しないといってもいい。
 木村は化け物の噂よりも、この荒れ寺のほうに興味を持った。荒れ寺のままいられることのほうが不思議なのだ。
 つまり、荒れ寺が化け物ではないかと思うのだ。しかし、土地の上に建つ寺は幻覚ではない。
 木村が調べてみると、その寺は私寺だった。どこの宗派にも正式には所属していない。
 村時代は確かに寺として機能していた。住職も何代もいた。
 この住職は血縁でもなく、師弟関係でもなかったようだ。
 私寺である限り、「私」がいる。その私は、村時代の大百姓だった。村の富豪だ。
 金持ちの農家が寺を建てただけのことだ。檀家総代というより、オーナーなのだ。
 この村には寺がなく、お寺さんを呼ぶにはかなり遠くから来てもらう必要があった。
 そこで、村で自前の寺を持つことにしたのだ。
 その目的は葬式や法事とかに限られていたようだ。
 この寺が荒れ寺になったのは、かなり前のようだ。近くに大きな宗派の寺ができたためだ。
 その後も私寺として村は利用していたが、大百姓の時代は終わり、普通の農家になり、富豪ではなくなってしまった。
 長く住職不在のまま、寺だけは残ったが、荒れるに任せて、今日に至っている。
 建物としての価値は殆どない。本尊も土産物屋で売っているような安っぽいものだ。古美術品としての価値は多少はあるかもしれない。盗難を恐れて、かなり前に農家の蔵に移されている。
 さて、荒れ寺の化け物だが、木村が調べたところ、ホームレスが住み着いていることが分かった。
 神秘的な現象ではなかったのだが、謎めいた場所には出やすいようだ。化け物ではなく噂が、だ。
 木村が調べた翌年、荒れ寺は駐車場に変わった。
 
   了


2008年07月18日

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