小説 川崎サイト

 

動く椅子

川崎ゆきお



「椅子が動く」
「えっ、椅子は動かないでしょ。電動椅子ですか」
「いや、普通の椅子です」
「それは動かない」
「動いたとすれば、すごいでしょ」
「だから、普通の椅子は勝手に動きませんよ。誰かが動かさないとね」
「椅子に意志があり、動くとすれば」
「はあ。あなた、何言ってるんですか。普通の椅子は動かないでしょ。動かさないと」
「動いているのを見たこと、ありますか」
「ないよ。動かないんだから」
「じっと見ていると、動いたりすれば、愉快でしょうね」
「ああ、あなたね、その感覚ね。まずいんじゃないですか」
「普通の椅子が、自分の意志で動く」
「それは、面倒な話ですよ」
「馬も四足、椅子も四足。動くかもしれませんよ」
「足の意味が違うでしょ。椅子は動物じゃないでしょ。生き物じゃないでしょ」
「だから、動くと愉快だと」
「あなた、精神構造大丈夫ですか」
「柔軟な発想です」
「それはいいんですがね。口に出して言うほどのことじゃないでしょ」
「言うだけならいいでしょ」
「他の人に言ってくださいよ。私はそんな馬鹿な話は聞きたくないんだ」
「でも、フェリーはなかな来ませんねえ」
「台風が来て着てるからね」
「さっきの説明じゃ、もう少し待ってくれ、でしたね」
「そうだね。いつまで待たせるんだろ」
「まあ、暇だから、動く椅子の話をやりましょうよ」
「だから、私は、興味ないんだ」
「こうして話していると、来ますよ。フェリー」
「出発していないんじゃないかな」
「そうですねえ。それなら、待っても来ないですよ。どうなってるんでしょ」
「聞いてみようか」
「はい、お願いします」
 フェリーは、この港へ向かっているらしい。
「二十分ほどで、着くようだ」
「じゃ、その間、椅子の話を」
「あなた、どうして、その話にこだわるの」
「暇ですから」
「あ、そう」
「夜中に椅子がパチパチと動くですよ」
「なぜ、パチパチなの」
「そんな足音がするんですよ」
「あ、そう。次から相槌は打たないから、勝手に喋ってね」
「では、続けます」

   了

 


2008年07月31日

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