木綿の御旗
川崎ゆきお
ミュージシャンとして、少しは活躍した吉田は、素に戻っていた。この素とは素人のことだ。素人とは、もう音楽では食べていない人だ。
同じ青春を共有する武田は、音楽では芽が出ず、アマチュアバンドを続けていた。
その二人が再会した。
「帰ってきたの」
「まあな」
吉田は都会からふるさとへ戻っていた。
「君はまだやってるの」
「やってるといえるかどうか」
「でもまだ、ライブとかやってるんだろ」
「あの頃のままだよ」
「そうか」
「こっちで、仕事するの」
「歌は卒業した」
「そうなんか」
「君は偉いなあ、まだ続けてる」
「意味はないさ、趣味だから。自己満足だよ」
「満足できるからいいんじゃない」
「じゃ、こっちで何するの」
「ああ、家業を継ごうかと」
「田んぼやっても儲からないらしいよ」
「米さえあれば食べていけるさ」
「まあ、そうだけど。家の人は喜ぶかもしれないねえ」
「結局、成功しないで、戻ってきたんだ」
「嘘、大成功じゃない。吉田君を知らないミュージシャンいないでしょ」
「そんなの世間じゃ通用しないさ」
「名曲もあるじゃない」
「マニアしか知らないさ」
「ところで、室井さんだけど」
この二人の先輩に当たる有名ミュージシャンだ」
「室井さんがどうしたの」
「戻ってきてる」
「こっちを活動の拠点にするのかなあ。しばらく会ってないなあ。長老だからなあ。恐れ多くて会えない」
「農家やってる」
「はあ?」
「君と同じだよ」
「僕とは違うよ。彼は天才だし。有名人だ。アメリカやヨーロッパでライブしたこともあるし」
「もう、やめたみたい」
「音楽を」
「ああ」
「じゃ、今まだ、やってるのは……」
吉田は武田を見た。
「僕は素人じゃないか。ミュージシャンじゃないよ」
「でも、まだ、歌っているんだから」
「勝ったのかなあ」
「勝ち残ったんだ」
武田は、にんまりした。
了
2008年08月3日