小説 川崎サイト

 

二退人

川崎ゆきお



 引田は仕事が減ったので、都心のオフィスを引き上げ、郊外のアパートに引っ越した。
 既にオフィスという名に当たらない環境になっていた。
 アパートは二間あり、事務所は四畳半の広さで十分だったので、六畳の間をプライベート室にした。実際にはこれまで住んでいたマンションを出ただけのことだ。
 これで、高い家賃を払わなくてすむようになり、生活も楽になった。
 たまに都心に出て、仕事をすることもある。遠いので不便になったが、年々その仕事も減り、交通費もたいしたことはなかった。
 それから数年経過した。
 アパートのオフィスはさっぱりで、仕事はほとんどない状態で、電話もかかってこなくなった。
 ついに生活費にも困り、家賃も滞納するようになった。
 ここまで来ると無職に近い。
 引田は、現状維持を目的に、パートに出た。。本業がさっぱりなので、パートが本業になった。
「引田さんは普段何をなさっているのですか」
 パート仲間が聞く。
「コピーライターです」
「広告関係?」
「はい、フリーランスで」
「私はデザイナーでした。印刷関係のね」
「そうなんですか。同じ業界ですねえ」
「でも、こんなところで焼き芋を焼くとは思いませんでしたよ」
「僕もです」
「来週から、わらび餅らしいですよ」
「僕はおはぎ売り場に変わるようです」
「で、本業はまだ続けておられるのですかな」
「事務所はまだ閉めていません。まあ、自宅ですがね」
「私もですよ。デザイナーを廃業したわけじゃないです」
「しかし、そろそろですか」
「まあ、そうなんでしょうがね」
「もし、仕事が入るかもしれないと思いましてね。まあ、無理でしょうが」
「私もです。期待はあるんですがね、待っているだけで、営業もしておりません」
「とりあえず現金が必要ですから」
「その通りです。餓死しますから」
「お一人ですか」
「はい」
「僕もです」
「経験って、役に立たないものですねえ」
「この焼き芋の絵、あなたが書かれたのですか」
「そうです」
「このコピー、僕です」
「ああ、そうなんだ」
 二人は黙った。
 
   了


2008年08月4日

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