禁じられた話
川崎ゆきお
宇多は職場に馴染んでいないように思われていた。
昼休み、休憩室の片隅で弁当を食べている宇多に同僚が話しかけた。
「どう?」
「はあ?」
「いや、仕事」
「仕事?」
「調子、どう」
「何か不都合でも?」
「そんなことはないよ」
「はい」
「困ったこととか、ないかなあ」
「はっ?」
「気になることとか」
「はあ」
「あったら、言ってよ」
「ああ、それは」
「あるんでしょ」
宇多は、こういう問いかけをされることに困った。
「何でも話していいんだよ。愚痴は聞くからさ、まあ、お互いさんだし、仕事仲間じゃないか」
「はい」
宇多は曖昧に済まそうとした。
「宇田君何も話してくれないからさあ、他で話してるの」
「いえ」
「お互いの存在感を認め合いながら、仕事、やったほうが効率いいと思ってさ。毎日一緒なんだし」
宇多は、退社を考えていた。長くいるつもりは最初からない。
「後輩が入ってくると、宇多君も先輩になるじゃない。いつか後輩の指導もしないといけなくなるしさ」
「そうなんですか」
「だから、チームとしてのまとまりが必要なんだよな」
「そうですねえ」
「だから、何でも話してよ。プライベートなことでもいいしさ」
「はい」
宇多はゆっくり弁当を食べたかった。コンビニで買ったものだが、今日はいつもより高いデラックス弁当だった。
「宇多君って、あまり話さない人」
「そうでもないですが」
「今度ゆっくり話さない」
「あ、はい」
宇多は仕事以外のことはしたくなかった。
「そのときは言ってよ。困ったこと、嫌だなと思うようなこと。いろいろ聞くよ」
この先輩から話しかけられるのが嫌なことだとは、言えるものではない。
了
2008年08月7日