小説 川崎サイト

 

妄想画集

川崎ゆきお



 精神分析研究家の奥田は頭を抱えた。
 居心地が悪いのだ。
 奥田が見ているのはイラスト集だった。
 妄想をイラストにした画集で、分析を頼まれたのだ。
「ずばり、何でしょうねえ」
 依頼人が奥田に聞く。
「気に入らん」
「絵が、ですか?」
「私は絵は分からない。だが、好き嫌いはないよ」
「この妄想の原点は何でしょうか」
「それが気に入らん」
「妄想内容がですか?」
「居心地が悪い」
「はあ?」
「妄想ではないものが含まれておる」
「そうなんですか」
 奥田は、そのページを示した。
「これもそうだ」
 奥田はページをめくる。
「これもだ」
 奥田示した絵は百二十枚中四十枚あった。
「意味が分かりませんが」
「これは、この画家の妄想じゃない」
「え、でも、この画家は妄想を絵にすることで有名なんですよ。豊かな感性じゃないですか」
「だから、私は絵のことは分からない。だが、違うんだ。この四十枚は」
「三分の一ですよ」
「これはね、分析外しなんだよ。だから、気に入らんのだよ」
「分析外し?」
「三分の二はこの画家の妄想だろう。分析は簡単だ。母性に対する憧れだよ」
「それが妄想の原点のような、イメージの原点なんですね」
「この画家の場合はね。さらに詳しく分析すれば、もっと細かいことが分かるよ。だが、この三分の一が気に入らん」
「何か違いでも?」
「分析されないような絵が入っているんだよ」
「それで、分析外しだと」
「ある一つのことに決め付けられないように、そうじゃない絵を無理に描いている」
「はあ」
「この三分の一の絵は、どこで描いたものですかな」
「全部、書き下ろしですよ」
「頼まれて、書いたものじゃないのですね」
「画集は、依頼で書いたはずですよ。妄想画集というのがテーマです。まあ、依頼内容のようなものです」
「自由に妄想を書き出したものじゃない。分析しにくいような絵を混ぜている」
「どうしてでしょう」
「分析家が嫌いなんだろうね」

   了

 


2008年08月10日

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