邪気祓い
川崎ゆきお
「このあたりは邪気、邪念が満ちておる。払わねばならぬが、いつものお祓いでは効かぬ」
隠者が歩道を見ながら呟く。
散歩中の人間は、声となったその呟きが聞こえているのだが、知らぬ顔。
この隠者こそが邪気そのものではないかと思っている。
この時代、邪気払いなど信仰上の行事に過ぎない。その実用性など当てにしていないのだ。
髭面の若者が隠者に近づく。
「邪気ですか?」
「そうじゃ、この道は交通事故が多い。引ったくりや痴漢も出る。すべて邪気が漂っているのが原因」
「しかるべきところで言ったらどうです」
「しかるべき?」
「警察とか、自治会とか、市役所とか」
「そのようなところでは取り合ってくれぬ」
「歩道で大声で呟くあなたは誰なんです」
「隠者だ」
「いるんだ」
「里に隠れ住む賢者だ」
「そこのテントですか」
「草庵じゃ」
「公園ですよ。あそこは」
「そういう君は何だ」
髭面は髭をなぜる。
「僕は、この先の橋です」
「あそこは湿気るだろ」
「でも雨には強いですよ」
「それはいいが……」
隠者は通りを見回す。
「反応したのは君だけか」
「そうですねえ。一般市民は知らぬ顔ですねえ」
「邪気の恐ろしさを知らぬからじゃ」
「だから、あなたが怖いのですよ」
「隠者のどこが怖い」
「ホームレスだからですよ。静かにしていれば、問題はないと思いますがね。へたに市民と関わると引かれますよ」
「君より人相はいいと思うが」
「僕の、この無精髭は威嚇です。防御のための」
「わしが邪気なら、君も邪気だのう」
「それより、なぜ、そんなことを言っているのですか」
「邪気を感じるからじゃ。この通りに」
「あなたが立ち去れば、邪気も消えますよ」
「わしは、一般市民と話したい。君ではない」
「それで、どうするんですか」
「邪気払いの行事を行ないたい」
「まあ、静かにしてくださいよ。僕まで追い出されますから。あなたも騒いでいると、掃われますよ」
「あ、あいわかった」了
2008年08月14日