蔵男
川崎ゆきお
蔵男は蔵に閉じ込められていた。
格子のはまった窓があり、そこから表が見える。
当然、外からも蔵男の頭が見えるため、覗いているのを家の人に見つかると折檻を受ける。
もう長い間蔵男をやっているため、その辺の要領は心得ており、覗いている姿を家人に見つからないようにしていた。
家人に見つからなくても村の人に見つかる。しかし、蔵男はいないことになっているため、家人に通報はしない。
蔵男は表通りを行き交う人や車両を見るのが好きだ。当然家並みの向こうにある里山や空を見るのも楽しみにしている。
もう何十年も覗いているので、社会の移り変わりも分かるのだ。車も自転車も、昔とは形が違っているし、村人の服装も年々違っている。
昔は村人以外の人を見る機会は少なかったが、最近は村外の人のほうが多い。
幹線道路から外れているのだが、裏道になっているためか、結構通行人も多いのだ。
村人とは目が合ったことはない。村人のほうから目をそらすのだ。そのそらした瞬間の目を蔵男は見る。今まで、見ていたことがよく分かる。
村外の人とはたまに目を合わすが、一瞬だ。蔵男が先に隠れるからだ。
蔵男の噂が広がったのは、村外からだ。村の近くに分譲住宅ができ、そこの小学生が噂をまいたようだ。
変な人が蔵の中にいるというものだ。
その噂が、いつの間にか家人の耳に届いた。
蔵男は久しぶりに折檻を受けた。
蔵の窓には銅の扉が付いている。真冬でも開いたままだ。さすがに大雨の日は閉められる。
蔵には電球がついているが、電球は外されたままだ。だから、窓は通風と明り取りに必要なのだ。
蔵男は先々代の家長が閉じ込めた。
窓を開けっ放しにしているのは、蔵男のストレスを減らすためだ。もし外が見えなければ、いんにこもりすぎて暴れただろう。
また、蔵男の唯一の楽しみであり、社会との接点だ。
蔵男を折檻したのは、義理の孫だった。
この孫が現在の家長だ。
蔵男はこの家の最長老になっている。
義理の孫は先々代の家長の言いつけを守り、折檻はするが、窓は閉めなかった。
蔵男は今日も表を見ている。了
2008年08月16日