小説 川崎サイト

 

着間違え

川崎ゆきお



「人と違うことがしたいのですよね」
「はあ?」
「人がやっていないことをやりたいと思いましてね」
「そうなんですか……で、見つかりましたか」
「なかなかないですねえ」
「そうでしょうねえ。大概のことは皆さんやっておられるでしょうから」
「でも、やろうと思えば、やれることもあるんですよ。かなり違うことが」
「それは誰でもできますか?」
「できます。でも勇気が必要なので、誰でもとはいきません」
「勇気ですか?」
「はい、人と違うことをやろうという勇気です」
「つまり、違いを見せるための勇気なのですね」
「そうです」
「どうして、人との違いを出そうとするのですか?」
「面白くないでしょ。あたりまえだと」
「それだけですか?」
「自分らしい、個性的な生き方を狙っているんです。これって、作らないとできないものですよ」
「あなたには個性がないのですか」
「ないんです。だから、何とか違いを出さないと思いましたね」
「それは大変ですね。でも、そういうことを追求するのも、面白いかもしれません」
「そうでしょ」
「今も、あなたの服装は個性的ですよ」
「こんなのありふれていますよ」
「そうなんですか。あまり見かけませんが」
「着こなしですよ」
「そのシャツ、後ろ向けですが。しかも裏側ですよ」
「そうですよ」
「それは、ありふれていませんよ」
「このシャツはありふれたシャツです。ところが着こなし方で、がらりと変わるんです」
「そういう着方は想定されていないので、着心地が悪いでしょ」
「それは我慢できます。ちょっと首元が窮屈ですがね」
「あなたはそれで満足なのですね」
「これは、簡単にはできないですよ。裏で、しかも逆で」
「もう十分それで、違いが出てますよ。まだ不満なのですか」
「やろうと思えば誰でもできることなので、不満です」
「いや、それはできませんよ。簡単には」
「そうでしょ。勇気がいるでしょ」
「着間違えたと思うだけですがね」
「あ、はい」

   了


2008年08月19日

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