小説 川崎サイト

 

携帯鉢植え

川崎ゆきお



「鉢植え?」
「そうです。持ち歩いているのです」
「そのホームレスが?」
「女性です。近所では魔女と呼ばれています」「大きさは?」
「直径十センチほどです」
「それを手に?」
「持つところが付いているのです」
「小さなバケツのようなものかね」
「そうです。でも中には水ではなく、土が」
「花束じゃないのかね」
「花は咲いていません。葉っぱだけです」
「プレゼント用の鉢植えかねえ」
「持ち帰り用の、手提げだと思います」
「じゃ、高級な花かな。高いとか」
「値段よりも、持ち帰る場所がないはずなんです」
「ホームレスでも寝床があるだろ。テントとか」
「女性ですからね。野宿はしないようです」
「じゃ、どこで寝てるんだ?」
「ファミレスです」
「じゃ、金はあるんだ」
「三食、外食のようです」
「住所がないだけか」
「あるかもしれませんよ。ずっと家出中とか」
「家庭で何か問題があったのかねえ」
「それは分かりません」
「着ているものは?」
「汚れていますが、普通の中年婦人が着ているような。まあ、ハイキングスタイルですかね」
「その鉢植えは、拾ったんじゃないのかね」
「買ったかもしれませんよ。毎日ファミレスで食事するだけの金はあるようですから」
「他に荷物は?」
「荷物は買い物車です。小さな車輪が付いているやつです」
「ああ、乳母車の小さいような」
「乳母車は押しますが、その車は引きます」
「それと?」
「それと、手提げの買い物袋です。昔は紙袋が定番だったようですが、今は布製です」
「エコバッグのようなものだな」
「そうです」
「その上、鉢植えを」
「大事にしているようですよ。ファミレスのテーブルの上においています」
「それで、君は何が言いたいんだ」
「携帯鉢植えがヒットするかもと」
「はあ?」
「いつも持ち歩けるペットのような植物です。これ成長しますしね。花も咲きます。デジタル時代、バーチャルな時代には、こういったリアルなものが、ヒットするのですよ」
「プレゼン用の資料を早速作りなさい」
「はい」

   了



2008年08月24日

小説 川崎サイト