小説 川崎サイト

 

忍ぶ者

川崎ゆきお



「落ち着くねえ、ここは」
「そうですねえ」
 二人は闇の中にいる。
 周囲は住宅だ。
「この界隈は隠れやすいねえ」
「昔からの家が残っていますからね。曖昧な場所が多いためですよ」
「この草むらは何でしょうね」
「家の前の畑じゃないかね。放置したまま草ぼうぼう、て、感じです」
「いいですねえ、この長さと密度」
「隠れやすいよ。それに街灯もない」
「私有地ですからね。前の道もそうでしょ。私道ですよ。この先の家で行き止まりですよ。だから、あの家の通路です」
「君はよくここに来るの」
「あなたとは三回目でしたか」
「そうなるねえ。三回とも、ここだね」
「隠れやすいからですよ。ここ」
「この先の納屋の裏もいい感じですよ。廃材置き場のようになってます。あそこも夜は誰も来ませんよ」
「いいねえ、今度寄ってみますよ」
「今夜は高橋さんが忍んでいると思いますよ」
「そういえば高橋さんとは最近合ってないなあ」
「納屋の裏がお気に入りで、そこから動かないんですよ」
「今、行くとお邪魔かな」
「でしょうね」
「じゃ、私は別の場所で忍んできます。ここはあなたにお譲りします」
「そう、ありがたいねえ。特等席だよ。ここ」
「僕は、また違う場所を探してきますよ」
「悪いねえ、追い出すようで」
「いえいえ」
 男は一人になると、闇に溶け込むように、じっとしていた。
 たまに薮蚊が手首を襲う。
 男は刺されても平気な顔で、痒くなってもかかない。
 草いきれが、青臭い。
 たまに遠くの道路を車が走るのが聞こえる。
 男は目を開いたままじっとしている。
「誰だ!」
 遠くで声がする。
 足音がする。
 ゴツンと、何かに当たる音。
 さっき別れた男が逃げているのだろう。見つかったようだ。
 翌晩、この二人は同じ場所で出合う。
「昨夜は?」
「久しぶりに見つかりましたよ。あれば便所の窓だったんだ。そこから発見されましたよ」
「気をつけてください。夏場は窓開けている家多いですからね」
「そうだね」
 彼らはただ単に忍んでいるだけだった。
 
   了


2008年08月27日

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