小説 川崎サイト

 

達人セミナー

川崎ゆきお



「僕は達人の話を聞くたびに、僕にはできないなあ、と思うのですが。これは何とかならないものでしょうか。ますます自分がみすぼらしく感じてしまいます」
 達人セミナー後の質問だ。
 既に達人の講師は帰っている。
「あなたにはあなたの良さがあるはずです」
「それはこのセミナーで発見しましたが、それって、大したことないんです」
「でも、これまでの達人たちの話は参考になるでしょ。あなたなりに能力を伸ばすことが大事だと思います」
「でも、達人にはなれないのでしょうねえ」
「このセミナーでお呼びした達人は運がよかったのでしょうね」
「先生、それを言うとおしまいですよ」
「いや、私も、あなたと同じことを考えているんですよ。このセミナーで達人をお呼びしていますが、私も無理だと思うんです」
「先生でも無理なら、僕らはもっと無理ですよ。なぜ、こんなセミナーを開くのですか」
「達人たちが語らなかった部分を想像しましょう」
「はあ?」
「ほとんどが自慢話でしょ」
「そんなこと、言っていいのですか」
「講師の先生は、もう二度と来ない人ばかりです。また、二度と同じ講師をお呼びしません」
「その、語らない箇所とは、どういうことでしょう」
「何かを隠しているのですよね。親のコネとか、いい友達が周囲にいたとか。偶然優秀な人脈があったとか」
「それをいってしまえば、セミナーの意味が」
「このセミナーは達人研究会ですからね、何もあなたたちが達人になる必要はないのですよ」
「分かるような気がします。これは僕も言ってはいけないことかもしれませんが、達人たちの隙を見つけたいと」
「ははは、隙ですか。隙かどうかは分かりませんが、特殊な例だと思いますよ」
「そうでしょ、だから、僕らは無理なんです」
「まあ、そう悲観されないで」
「でも」
「達人の正体を見てください。もっとも、そこは隠していますし、講演では出てきませんが」
「それで、何が分かるのですか」
「あの人たちは、因果な人たちで、可愛そうな人々なんですよ」
「そんな風に解釈するのですか」
「それは、私の僻みかもしれませんがね」
「先生は達人に対し、好意的ではないようですね。悪意を感じるほどです」
「あの人たちは、サンプルですよ。特殊なサンプルをお見せすることで、学ぶべきところがあるのですよ」
「僕はてっきり達人になる道を教えるセミナーだと思っていました」

   了


2008年08月29日

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