小説 川崎サイト

 

嬉しがり屋

川崎ゆきお



 宮田は夢を見ていたようだ。起きたとき、嬉しいような気分になっていた。
 この嬉しがり方は、やや気恥ずかしかった。もうそんなことで、興奮するような年齢ではなかったからだ。
 宮田は夢を思い返す。
 夢の中での宮田は少年だった。学生服のようなものを着ている。小学生のようだ。
 宮田はどこかに閉じ込められている。窓から夜景が見える。
 なぜそこにいるのかは分からない。おそらく誘拐されたのだろう。それは直感だ。
 その前のことは覚えていない。
 夜景はビルの上から見ているようだ。閉じ込められている部屋は真っ暗で、外のほうが明るい。
 パンビタンとか七ふくとワカモト看板が見える。
 この看板が後で、大事な目印になると思い、宮田はしっかり記憶していた。
 宮田は学生服の胸ポケットから手帳を取り出した。鉛筆も差し込まれている。学生手帳ではない。まだ小学校なのだ。
 宮田は、この手帳を探偵手帳と呼んでいた。よくある普通の手帳だが、子供にとっては大人っぽいアイテムだ。
 夢の中での宮田少年は、手帳に看板の名前を書き込んだ。
 パンビタンのネオンが赤くゆっくりとした間隔で、点滅している。
 七ふくの看板は照明を当てているだけだが、夜空によく映える。
 書き込んだページを破り、紙飛行機に折り、窓から下へ飛ばした。
 宮田は今まで何度も紙飛行機を作り、飛ばした経験がある。だが、満足に飛んだ覚えはない。
 だが、夢の中の紙飛行機は、本物のグライダーのように、静かに水平移動した。
「こんなに飛ぶはずはない」
 紙飛行機には、自分は誘拐されていることも書いてある。これを見た市民は、警察に知らせてくれと。
 夢は紙飛行機がワカモトの看板を超えて、小さく消えていくところで終わった。
 目覚めた宮田は、一時間ほど、その夢を何度も何度も思い返した。
 あの夜景のある町は、どこなのか、それを考えた。
 わくわく感が、しばらく続いた。
 嬉しがり屋の少年に戻ったような気がした。

   了


2008年08月30日

小説 川崎サイト