暇老人
川崎ゆきお
「山田、山田はおらんか」
表で瀧田老人が呼ぶ。もう声に腰がなく、浮ついている。
「社長のことですか」
「そうだ」
「ご予約は」
「山田はいないのか」
「社長は奥で仕事中です」
「あ、そう」
瀧田はひょうろひょうろと入り込む。
廊下で長髪の青年とぶつかる。
「あ、失礼」
長髪は瀧田の倍ほどの横幅がある。
「山田はどこだ」
「社長はこの奥の部屋です」
山田はその部屋を開ける。
南向きの明るい部屋で、窓が大きくとってある。
高台にあるオフィスは二階建てだが、展望がいい。
その見晴らしのいい場所で、山田は座っていた。
「おい。俺だ」
「おお」
山田社長は声だけで分かったようだ」
「久しぶりだな。それより、よくここまで訪ねてきたなあ」
「散歩で、遠出してな。お前の名刺が財布の中に入っていたんで、近いところまで来たんで寄ったんだ」
「そうか」
山田はマッサージ椅子に背を倒したままだ。
「暇そうだな」
「忙しすぎて、今休んでいるんだ。体が持たないよ」
「そうか、偉いなあ。まだ働いているんだから」
「やめるわけにはまだいかない。社員もいるし」
「噂はよく聞くぞ。大活躍じゃないか」
「のんびりしたいよ」
「俺なんか、暇でやることがない。散歩のネタを作るだけの日々さ」
「羨ましいなあ。そういう生活」
「誰でもできることだよ」
「そうか、誰でもできるか。でも、僕はできないんだな。それが」
「何だ、気の弱いこといって」
「もう、満足だよ」
「地位も名誉も財産もできたんだからな。満足なはずだよ」
「ここからは食べすぎだよ。本当はもういらない」
長髪で太った青年が入ってくる。
「社長、スケジュールの打ち合わせを始めます」
「ああ、分かった」
「じゃ、俺帰るわ」
「また、暇になったら釣りに行こうや」
「それまで、生きとけよ」
「ああ」了
2008年09月07日