小説 川崎サイト

 

プーの家

川崎ゆきお



 昼間寝ていて夜になると起きてくる働かざる者がいる。
 横内は深夜外に出る。昼間より人が少ないため、人目に立たないためだが、かえって人目に立つ。人数が多いと紛れ込めるが、深夜うろうろしている人間は圧倒的に少ない。
 横内がうろつくのは、目的があるからだ。深夜スーパーへ買い出しに行ったり、朝方まで開いている雑貨屋で日用品を調達するためだ。
 まともに働けないのは、人目が怖いからだ。つまり対人恐怖症なのである。
 人と関わるにはそれなりの覚悟がいる。横内はそれが面倒で、他者の気持ちを読むとかも苦手だ。自分の気持ちもよく分からないのに、他人の心など読めるものではない。
 当然職場では空気が読めない人間ということで、特別視され、ますます読めなくなった。
 その夜、いつもの道路を自転車で走っていると、いつもの看板に目が留まる。いつもその看板を見るのが癖になっていた。
 その看板には(プーの家)と、柔らかな書体で書かれており、ふんわりとした顔のイラストがついている。グラスとフォークも描かれている。
 洒落た飲み屋だろうか。喫茶店のような店内で、大きなガラス窓のため、通りからもよく見える。
 かなり遅くまで客がいる。
 横内は、いつか入ってやろうと思っているのだが、一人だとカウンター席なり、マスターと話さなければいけないのでは……と心配した。
 プーの家という店名が気に入り、自分にふさわしい店であり、自分の居場所ではないかと思うのだが、ネーミングが露骨過ぎる。
 横内は毎晩その前を通るのだが、どんな人がやっているのかは、まだ掴めていない。
 しかし、客の姿はよく見える。
「自分と同種の人間が溜まっているかもしれない」
 横内は多少期待している。
「マスターは気が弱い人で、自分からは話しかけないようなタイプで、客の目を見ない人で、弱々しく、自身のない態度を常に取っている」
 横内はそのように想像した。
「客は全員仕事にも行かず、ぶらぶらしており、ビールを飲みながらハンバーグを食べている」
 もしそんな店なら、横内の居場所だ。
 ある夜、横内は思い切ってドアを開けた。
「ヘイ、いらっしゃ」
 始めて見るマスターは豚のように太っており、赤ら顔で、目は大きくないが、真ん丸い目で横内を真正面から捉えた。
「違ってた」
 横内は飛び出た。
 その背中に数本の矢が突き刺さったように感じた。
 
   了



2008年09月09日

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