小説 川崎サイト

 

夏の散歩道

川崎ゆきお



 早朝の散歩道、小さな川の両側の堤防が歩道になっており、健康運動者で賑わう。
 住宅地の中を川は山まで一直線に走っている。
 徳田は毎朝決まった距離を歩いている。真夏は日の出前に歩く。同じように暑さを避けてこの時間に来ている人が多い。
 サラリーマンだった頃を徳田は思い出す。その仕事振りではなく、通勤風景だ。
 同じように引退した人がこの土手へ出勤しているのだ。
 決まった時間に、決まった距離を歩く。これもサラリーマン時代に近い。
 その元サラリーマンとは違う種類の人間が一人だけいる。
 顔は浅黒く、皺が深く、そして変形した腰で、前屈みで歩いている。
 明らかにサラリーマン組とは違う。土着組みと仲間は呼んでいる。
 徳田はブランド物の帽子をかぶっている。健康運動者のための服装も結構値が張っている。
 しかし、その土着組は案山子がかぶっていそうな麦藁帽で、手ぬぐいを作業ズボンにぶら下げている。
 そして、鍬を担いでいる。
 一見すると農家の老人だろう。サラリーマン組と雰囲気が違って当然だ。
 しかし、もうこの土手の周囲には田畑はない。残っているのは家庭菜園の畑だけだ。
 きっと毎朝この土手を通って家庭菜園に行く人だろうと、徳田は思っていた。
 実際には、そんな人は菜園には来ていない。
「川の水が少ないのは、山の木を切ったからだ」
 ある朝、徳田は話しかけられた。
 上流の山は、頂上近くまで宅地化されており、山というより巨大な丘になっていた。
 確かに川の水はない。川底が露出している。
「農家の方ですか?」
「以前はな。もう田んぼは全部売ったよ。あんたらの家がそれだ」
「はあ」
「その鍬は?」
「わしは川の当番でな。田んぼに水が行かないとき、引き込み水路を見にくるんじゃ。詰まっておるとき、これでのける」
 しかし、唯一ある家庭菜園の水は水道から取っている。
 徳田は、別の日に、健康運動仲間にそのことを話した。
「私らが、こういう服装でないと歩けないように、あの人も、ああいう扮装でないとワーキングしにくいのでしょ」
 朝の目的は同じだったのだ。
 
   了



2008年09月10日

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