「路地に入って行くのを見ると、もう駄目なんです。我慢出来ないのです」
「押さえることは、まだ出来ませんか」
「はい」
「でも、行動には移らないわけでしょ」
「気持ちを押さえるのが苦しいのです」
「車内ではどうですか?」
「ついつい、そばへ行き、くっつきたくなります」
「それも、思うだけで、行動には出ていませんね」
「はい。ですが、やはり苦しいのです」
「押さえるのが苦しいのですね」
「はい」
「学校の前は通らないようにしていますか?」
「はい」
「その努力は続けているようですね」
「でも、苦しいのです」
「今度やると、あなた自身がもっと苦しむことになりますからね。それがブレーキになると思います」
「夜に、路地に……」
「はあ?」
「一人で入って行く後ろ姿を見ると……」
「追っては駄目ですよ」
「ですが、チャンスなんですよ」
「その発想を変えろとは言いません。我慢することです」
「誘っているんです」
「そんなことはありません。通り道でしょ」
「分かっています。でも、やってしまえると」
「夜間ですか?」
「はい、昼間は人目がありますから」
「被害者のことも考えてください。そうすれば、そんな行為には出られないはずです」
「百も承知です。それはよく分かっているのですが、実際、それを見てしまうと、もう我慢出来ない衝動が」
「度合いの問題です」
「えっ?」
「誰にでもその要素はあるのですよ」
「先生にもですか」
「あります」
「我慢しているのですか?」
「我慢と言うほどではありません」
「私はそれがどうしても我慢出来なくて苦しいのですね。こうして押さえ続けていると、堰を切ったように一気に……」
「耐えることに慣れると、苦痛も減ると思いますよ」
「それが減らないから辛いのです。先生に申し訳なくて」
「でも、あなたは自分の性癖に気付き、何とかしようと、ここに来ているのでしょ」
「やってしまいたくないからです」
「奥さんだけでは満足出来ませんか?」
「はい」
「あまりお奨めしませんが、風俗関係で発散するとかは?」
「先生」
「どうしました?」
「そういうことではないのです」
「つまり趣味の問題だと……」
「はい。これは別の問題なのです」
「性欲や、人格とも関係がないと?」
「この、押さえられない衝動は、何処から来るのでしょうか」
「原因が分かっても、それが解決策にはならないかもしれません」
「やはり、我慢するしか……」
「思うだけは自由です。行動にさえ出なければ……」
「はい」
「生きるか死ぬかの問題ではありません。あなたの場合、特殊な嗜好があり、それが悪いことに誰かに被害を与えるということです。禁酒と同じです。飲まなくても死にません」
「でも、いつやってしまうかと思うと……」
「そういう心配を起こることは、改善されたということですよ。あなたは再発を押さえる努力をしておられる」
「はい」
「今度やってしまうと、あなたの生活や人生が狂いますよ。それは経験済みでしょ」
「はい」
「ではまた来月、来てください」
「ありがとうございました」
★
次の月、彼は特殊な事情で来ることが出来なかった。
了
2005年11月7日
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