小説 川崎サイト

 

現実と物語

川崎ゆきお



 現実の中に物語があるのではなく、物語の中に現実がある。
 物語によって現実が浮かび上がるのだ。
 その物語とは、フィクションもあればノンフィクションもある。ただ、物語になった瞬間、それはもう現実のものではなく、物語となり、現実とは違うものになるだろう。
 友部は物語を失っていた。それは妄想する力を失っていたためだ。
 昔なら、現実が物語の一部として浮かび上がり、独自の世界が目えていた。
 しかし、今はそれが見えにくくなってしまった。
「物語って、どういうことですか」
「色眼鏡のようなものですよ。サングラスのような」
「フィルターですか」
「そうそう、そのフィルターが薄くなって、生が見えてしまうんですよね」
「じゃ、今までは見え方が違っていたのですか」
「違ってましたね。物語を通しての現実でしたから。現実も物語の一部になっていたんですよね」
「物語って、どんな感じなんですか」
「僕の物語じゃないですよ。見知った物語です。童話でもいいんです。映画でも。音楽でも」
「はあ……」
「まあ、想像力というか、空想力というか」
「それは、オリジナルじゃないんですね」
「ええ、どこかに出てくる話ですよ。僕にとってはお気に入りのね」
「じゃ、新しいフィルターを探せばいいんじゃないですか」
「以前はね、探さなくても、くっついてきたんですよ。印象が残るというか」
「印象が。残るわけですか」
「余韻がいつまでもね。それがイメージになって、いつでも引き出せたんですよね」
「それで、今は探していると……」
「まあ、そんな感じです。でもね、こういうのは探すようなことじゃないんですよ。探すようになれば、もう終わりです」
「要するに、錯覚しなくなったんじゃないですか」
「錯覚?」
「妄想って、錯覚の賜物でしょ」
「そうだね。賢くなったんでしょうね。だまされなくなったんでしょうね」
「友部さん」
「はい」
「それで、普通ですよ」
「あ、そう」

   了



2008年09月12日

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