小説 川崎サイト

 

マネキン

川崎ゆきお



 吉田は妙な気配を受けたのではなく、受けなかったのだ。それなら、何も感じないはずだ。
 ショッピングモールを歩いているときだった。婦人服のテナントが多く入っている一角だ。吉田は単に通っているだけで、用事はない。その先にある飲食街への近道のためだ。
 なぜそんなことを考えたのかは分からない。
 マネキンに頭がないのだ。
 どの店のマネキンにも頭がない。いつからなくなっているのかは分からない。マネキン人形に興味はなかったからだ。
 よく通る場所なので、どんな服が売られているかは記憶にある。自分が着るような服ではないので、それ以上熱心に見るのは逆におかしい。
 それでも、吊るされている衣服で、季節を感じたり、流行を感じたりする。
 マネキンも見ていたはずだが、着ているものを見ていた。
 だが、気にしてみると、マネキンに頭がない。だが、首はある。その上がないのだ。顎から下がないのだ。
 そこには蓋のようなものが乗っていたり、小さな突起が出ているだけだ。
 吉田は経済的な問題だと最初は思った。頭が付いていないマネキンのほうが安いのだろう。
 吉田は気になり、衣料品の店を見て歩いた。
 やはり頭がない。
 しかし、例外の店があった。どこかの出店だろうか。通路にマネキンを置いている。そのマネキンには頭があった。
「この気配だ」
 消えた気配はこれだったのだ。
 頭があると、抽象的な人間から具体的な人間になる。どちらも人間ではなく、人形なのだが、指しているのは人間だ。
 吉田は考えた。
「やはり、入っているものがあったんだ。だから、マネキンに頭をつけなくなったんだ」
 入っているものとは、魂のようなものだ。
 吉田は知り合いの心霊マニアにケータイする。
「人形にはたまに入るみたいだよ。でも、入れるのはその人形を愛している人だよ。人形にややこしいものが勝手に入り込むわけじゃないんだ」
 吉田がマネキンの事を聞く。
「入れていく客や店員がいるんだ」
「何を入れるんだ」
「気持ちだよ」
「それが入ったマネキンはどうなるの」
「反射するんだ。特に顔からね」
「それで、マネキンから頭をなくしたのかい」
「夜中に微笑むマネキンもいるからね」
「本当にそんなことがあるの」
「噂だよ」
「怖いなあ」
 それより、マネキンとかに興味を示すほうが危ないぜ。その道へ進まないほうがいい」
「分かった。ありがとう」

   了



2008年09月16日

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