小説 川崎サイト



環濠住宅

川崎ゆきお



 捕虜収容所にしては建物が上等すぎる。
 周囲は金網のフェンスで囲まれている。
 町ほどの広さはない。
 どう見ても分譲住宅地だ。
 つまり、住むための家しか建っていない場所。
 不思議なのはフェンスで囲われていることだ。
 土田は分譲前から、その住宅地をマークしていた。新たなアルミ缶回収の場所が得られるからだ。
 土田はフェンスを一周した。既に住んでいる人がいる。どの家も一戸建てで、坪面積も広い。建て売り住宅の安っぽさはない。
「土田はん。ここはあかんで」
 土田の自転車の横に野間が自転車を寄せる。
 二人の自転車はママチャリだが後部荷台に幅の広い板が取り付けられている。
「環濠や」
「何やそれ?」
「堀で守られた町や」
 野間が説明する。
 土田は意味が分からない。
「昔の堺の町なんかも、そうやった」
「堀なんか、ないで」
「入れんようにしとるから一緒や」
「ここは会社とかの社宅か?」
「米軍の宿舎に近いなあ」
「外から見たら、普通の住宅地みたいやけど」
「面白いやんか」
 野間は、小型の望遠鏡を覗く。
「面白ないぞ。入られへんかったらアルミ取りにいかれへんやんか」
「土田はん、まだそんな稼ぎの悪いことしてるんか」
「ちょっとでも現金欲しいからな。缶コーヒーも買われへんやろ……無一文では」
 土田はアルミ缶専門で、野間は電化製品が専門だが、それは表向きで、屋外に置かれている売れそうな物は、ゴミの日とは関係なく運んでいた。空き巣の常習犯でもある。
「監視カメラがたくさんあるなあ」
「ここは大丈夫か、野間はん」
「こっちを向いてるのはないみたいや」
「新しい住宅地が出来て、喜んでたら、この様か」
 土田は諦めたようで、去ろうとした。
「面白いやないか」
「さっきから何を面白がってるんや?」
「これだけガードされたら、逆に侵入したなる。誘い込まれるようにな」
「気をつけや、野間はん。罠かもしれんで」
「こんなチョロイ仕掛け作りあがって、一泡ふかしたなった」
 それは不審者対策が売り物の新手の新興住宅地だった。
 町への入り口は一つしかなく、門は閉じており、警備員の詰め所がある。
 宅地内の道路は監視カメラで二十四時間モニターされている。
 さすがにフェンスには電流は通っていないが、上部にセンサーがついており、乗り越える者があれば反応する。
 しかし野間は、その警備に腹を立て、燃え上がるようなチャレンジャーに変身した。
 その意味で、野間は特殊な空き巣だったのかもしれない。
 数日後、野間は仲間を募り、環濠に突入した。
 不審者侵入を感知した警備員は逃げ惑った。
 突入人数が十人を越えていたため、数人の警備員では取り押さえられなかった。逆に襲われることを恐れ、逃げてしまった。
 パトカーが駆けつけたときには騒ぎは終わっていた。
 野間達は環濠内の住宅地を奇声を上げながら走り回り、そのまま逃げてしまった。
 環濠の管理者は、何も起こらなかったということで、この運動会を表沙汰にしなかった。
 
   了
 
 
 
 


          2005年11月9日
 

 

 

小説 川崎サイト