闇の掟
川崎ゆきお
闇の人間が表舞台に出ると勢いを失う。闇にいた頃のパワーとは違う出力方法になるためだろうか。
表に出ると行儀がよくなることもある。その態度が闇にいる人間から見ると、上品になったように感じられるのだろう。
「わしは昔から好きで闇にいたわけじゃない。表に出たかったが出る機会がなかった。今回やっと出番が回ってきただけでな」
彼は役職を与えられ、どこから見てもまっとうな社会人のように見えた。
身なりもよくなり、幸せそうな日々が続いた。
しかし、闇にいた頃の勢いがなくなり、役職から離れてしまった。
「わしは闇に戻ろうと思っておる」
彼は闇世界の仲間にそう宣言する。
「表舞台から降りられたのですね」
「降ろされたのじゃ」
「では、元に戻っただけですね」
「そうだな」
「しかし、闇の掟がありますので、もう闇の世界には戻れませんよ」
「どうしてじゃ」
「それが掟です」
「では、わしは如何すればよい」
「表舞台にお帰りください」
「そこではもう、わしの仕事はないのじゃ」
「表には表の掟があるでしょ」
「そんなものはない」
「あなたは何を所望ですか」
「闇の仕事に戻りたい」
「それはできないのです」
「では、何でもよいから仕事をくれ」
「あなたは表の世界で地位を得たわけでしょ。何らかの保証があるはずです」
「保証?」
「暮らし向きの保証です。地位のあった人には与えられるはずです」
「なかった」
「それは薄情な」
「だから、戻ってきたのじゃ」
「世界が違っているのです。一度出た人間は、もう戻れないのです」
「わしは表にいたからいろいろ知っておる。闇の仕事で役立つ情報も持っておる」
「あなたも闇にいた人間なので、闇世界のことはご存じでしょ。戻ってこれないことを知った上で表に出たのですから」
「しかし、わしはもう表舞台では暮らせない。仕事がないのじゃ」
「仕事の都合で表へ行ったり、また戻ってきたりする人間は信用できないのですよ」
「あい分かった」
彼は表舞台の片隅で、職を求めて彷徨い続けている。
了
2008年09月26日